薔薇忌

2014年07月10日

美雲便りNo.12:富貴寄せ

今日もむし暑く風が強いです。台風の進路が気になりますが……お見舞い申し上げます。泥の臭いが酷く、雨が止んだあとも大変だと思います。どうぞお気をつけて下さい。



今日は皆川博子さんの『薔薇忌』を読んでいます。いくつかの出版社から出ていますが、私はカバーの美しい実業之日本社文庫のを買いました。新たに書き下ろした「あとがき」はどんな感じかしら?

表題作は降りしきる薔薇のはなびらで窒息することを夢見て、縊死した劇団員を描いた話。文学忌には桜桃忌とか菜の花忌とかありますが「薔薇忌」はあるのかしら?と調べたらありました! 小説家・評論家の塩月赳(しおつきたけし)の1948(昭和23)年の忌日。太宰治の『佳日』のモデルで(同級生だったらしい)塩月の死の3ヶ月後に太宰が入水自殺したそうです。評論集『薔薇の世紀』から薔薇忌と呼ばれるように。


『佳日』はその題名が示すように結婚式にまつわるエピソードをを描いた小説で、昭和19年に刊行され、青柳信雄監督で入江たか子、山田五十鈴、高峰秀子、山根寿子、志村喬らの出演で『四つの結婚』と改題して上映されたそうです。ちあきなおみの『四つのお願い』が脳内を駆けめぐってしまいました( ̄▽ ̄;)


バラという響きから、土方さんが少年の頃、キレイなお顔に似合わず「バラガキ」(触ると痛いイバラのような乱暴な少年)と呼ばれていたことを連想してしまいます~「バラガキのトシ」が「鬼の副長」と呼ばれるようになる経緯は夏休み読書にオススメ!!の『燃えよ剣』でお楽しみいただきたいです(^.^)


さてさて、少し前ですが新聞に《背守り》という言葉がありました。幼子の着物の背の部分(後ろ襟から背中心)に施された飾り縫いのこと。大人の着物と違い、身幅の狭い子供の着物には背に縫い目がありません。医療が未発達で生活環境も厳しく、子供が命を落とす確率は今よりずっと高い時代ですから「背後から魔が忍び込む」と恐れることをバカバカしいなどとは思いません。どうか、健やかに成長してほしい……そんな母親たちの祈りを込めた願掛けだったのですね。


中世には既に行われていたという研究もあり、日常的に着物を着ていた昭和初期まで(呼び名は違いますが)日本各地で広くみられた風俗だそうです。最も一般的なのは、背の中央を縦に縫い目を施した「糸じるし」。なんだ、それだけ?と思うかもしれませんが、縫い目にも一定の約束事があり、ずいぶん長いものも。これは「糸が長ければ長いほど、長寿になる」と……糸も貴重な時代だったでしょうに(ノ_・,)


「赤ちゃんが産まれた時に最初に着せるものには麻の葉模様のがいい、麻は成長が早いからスクスク育つ」という話を聞いたことがありますが、花嫁さんの純白の内掛けには「貴方色に染めて(〃▽〃)」より「子宝に恵まれたら、 産着に作り替えて赤ちゃんに着せてあげてね。白い正絹は虫が付きにくい。すくすくと丈夫に育つ麻の葉にあやかった模様を施してあげて」という願いが込められていたそうです。


また長寿の人、徳のある年寄りの人、健康な人、親切な親戚の家々などからハギレをもらい受け、沢山の徳が授かりますように、幸せに暮らせますようにと小さい子への幸福を布に託した《百徳着物》も。この布には人知の及ばない力が宿ると信じて、子を思う気持ちを一つの着物に「寄せあわせ」ました。布を所望された人たちも頼りにされたことが嬉しく、新米ママさんをほほえましく見つめて子育ての連帯が生まれる……自分にゆかりのあるものが、いのちをを言祝ぎ、子どもの未来を輝かせることを想像して楽しく思える、関わった子のその後が気になるので、知り合った母親にも折々に声をかけるきっかけにもなる……損得勘定なしに、やさしい気持ちがみちあふれていますね。


使い道がないかも…と考えていた切れ端の寄せ集めを「富貴寄せ」と言いかえ、あでやかな着物に仕立て直して「凶事を吉にかえる」という、昔の人たちはいまよりずっと言霊を身近に大切にしていたことがわかります。そして、たくさんの人の想いを込めたものとして「千人針」を思い出したワタクシなのでした。


《千人針》

http://www.city.hanno.saitama.jp/0000003220.html



追記:夕方6時頃に茨城を震源とした地震がありましたが、皆さま、大丈夫でしたか? 大雨で地盤の緩んでいるところもあるでしょう。どうぞお気をつけ下さいまし!!





rohengram799 at 12:46コメント(6) 
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