備忘の果実 〜オスカー戯言日記〜

ようこそ゚+(人・∀・*)+。♪ 自分の好きなこと、興味のあることをチマチマと書いています。

タグ:西郷隆盛

今日はまた暑さがもどってきましたね。だからというワケではありませんが、ホラー系の本を見るとつい手に取ってしまいます。今は『あなたの後ろにいるだれか』というアンソロジーを読んでいます。

https://www.shinchosha.co.jp/book/180222/


青空文庫で5分以内に読める短い話もチェックしているのですが、岡崎雪聲という人の話を読みました。ご自身の体験談のようです。淡々としていて怖さはないかな(^^;))) 2作品しかなくて残念。

https://bungo-search.com/authors/1354/categories/all/books


雪の聲……なんて素敵な名前(*´ω`*)の作家さんなのかしら💕と思っていたら、彫刻家で上野の西郷さん像の製作者でした。結構力強い作風の方なのかも。

https://www.kimono-6kakudo.com/item-kottou/7292/

https://www.keibay.com/auctions/s1t1nrwh

『歴史群像』2月号を間違えて2冊買ってしまった・・・(ノ´Д`)ノ


http://rekigun.net/



零戦の塗装(塗料)のトピックスとか、いろんな技術が進んだ今だからわかることってたくさんあるんだなと思ったり。西郷さんの特集記事には徳川慶喜のおフランスの軍服(よく見るナポレオンの軍服姿を想像してもらえたら)の写真があったのだけれど、姿勢も悪いし、とにかく似合わなくて笑えました。しかし、それだけ日本って世界から遅れていたってことなのかも。軍事力云々ではなく全てにおいて・・・。



迷宮歴史倶楽部では、空襲に備えての建物を迷彩にしたことが取り上げられていました。見開き2ページのイラスト付きコラムと言えばいいのかな?
国会議事堂や名古屋市役所など黒塗りにしていたらしいです。他の地方でももちろんあったらしく・・・建物疎開は本の中で読んだことがあるけど、建物を塗るのは初耳だったというおバカさんです。庶民の家で電灯の光が漏れないように黒い布を掛けたりとかは当たり前みたいに見聞きしていたけど、大きな建物については全く考えがいきませんでした。



https://hon.gakken.jp/book/1340658900


http://tikurinnnohoujyoann.blog.fc2.com/blog-entry-1408.html?sp



総務省のサイトに主な市町村の戦災記事をまとめたものがあったので、甲府のところを読んでみました。ウチは甲府市内ではなかったので、被害は少なかったと思いますが、地方新聞の記事などはやりあの場所が・・・と何度も行った甲府の街並みなどを思い出しました。


http://www.soumu.go.jp/main_sosiki/daijinkanbou/sensai/situation/state/index.html




今は冬のオリンピックで盛り上がっていますが、スポーツの祭典、平和の祭典というより北朝鮮と韓国に政治利用された感じもあるし・・・「平和」って難しい、「平和」って一体なんなんだ?なんて考えたりもするのです。



ダンナさんはフィギュアスケートで銀メダルを取った宇野くんが「犬みたいで、ポチと呼びたくなる」と言っています。ラブリー💕という意味らしいです(笑)

オタ息子がYouTubeで『その時歴史が動いた』の西郷さんの回を見たらしく……『歴史ヒストリア』より音楽とかもこっちの方がいい~とか言っていました。そう言えばワタクシも『愛加那と西郷』(植松三十里)という本を買っていたわ(^。^;)

読んですぐに「針突」という言葉が出てきました。呼び方は島によって異なり、奄美大島ではハズキ、沖縄本島ではハジチなどと呼んでいたそうです。また刺青をする理由について、 琉球諸島では刺青を持たない女はあの世に行けないという永世の信仰があったようで、アイヌの人々も、全く同様な来世観を持っていたらしく、ほとんどすべての女性が刺青をしていたとか。

琉球諸島の針突は1899年(明治32年)に「入れ墨禁止令」が出されたあと、風俗改良運動が進展する中で、次第にその習性が消えていったようです。あ、私の好みで入れ墨ではなく刺青という漢字を使っています~入れ墨だとやっぱり罪人のイメージが(-o-;)

アイヌでは結婚する前12~16歳ぐらいの頃に、刺青をするのが習わしで、しないと周囲から一人前の女性と見なされず、結婚することも儀式へ参加することも許されなかったらしいです。『愛加那…』では以下のように書かれています。

「針突は奄美の女たちの刺青だ。初潮をみた証しに右手の甲に彫り、婚約がととのった段階で、左手に彫る。ひとりの男に操を誓うしるしだった。」
「山形や星などの、単純な組み合わせが多いが、身分が高い女ほど、凝った絵柄を彫る。だから針突の模様で、生まれ育ちまでわかる。」


ひとりの男に操を誓うしるし……ヤンキーが相手の名前を腕とかに彫っているのがうかんできましたわ。

針突を調べて満足してしまい、ページは少しも進まず読みかけのままになっているのですが、1859年、安政の大獄により奄美に潜居していた西郷の島妻(当時の薩摩藩の藩法[島妻制度]で島滞在中だけの妻)となったのが愛加那。以後約3年間を西郷と共に過ごし、菊次郎、菊草(後に菊子)の2人の子どもに恵まれました。

《奄美大島(愛加那)》
http://blogs.mobile.yahoo.co.jp/p/blog/myblog/content?bid=uncle_summy&id=709684


オタ息子とYouTubeで《その時歴史が動いた》の西南戦争の回を見ました。西郷さんが自害する場面だけは何かで読んで記憶にありましたが、西南戦争に至る経緯などはそうだったのか~と。『銀英伝』でアッテンボローが言っていた「人間は主義だの思想だののためには戦わないんだよ!主義や思想を体現した人のために戦うんだ。革命のために戦うのではなくて、革命家のために戦うんだ。」を思い出しました。西郷さんは志士たちの心情をくみ取り、決起したという感じですが。


♪雨は降る降る 人馬は濡れる 越すに越されぬ田原坂 右手に血刀 左手に手綱 馬上ゆたかな 美少年……は漫画で見て知っていましたが(“たばるざか”と読める!)ああいう場所だとは思いませんでした……急勾配だとばかり思っていた私はバカです……はずかしー!!

http://www.uraken.net/rail/travel-urabe137.html



本を読み終わったら、西郷隆盛会館に“ちぇすとー!!”と突撃できるでしょうか?……しないけど(^^;)(;^^)

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