備忘の果実 〜オスカー戯言日記〜

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皆さま、ありがとうございます。めでたく500号でございます。ひつじ雲便りを含めると1000近くになります。なんてヒマ人(笑)


本日は久々にテーマ投稿です。茨木のり子さんの『知命』という詩を最近知りました。雑誌でみたので全文かどうかわからないのですが(((^_^;)



他のひとがやってきて/この小包の紐 どうしたら/ほどけるかしらと言う


他のひとがやってきては/こんがらかった糸の束/なんとかしてよ と言う


鋏で切れいと進言するが 肯(がえん)じない/仕方なく手伝う もそもそと


生きてるよしみに/こういうのが生きてるってことの/おおよそか それにしてもあんまりな


まきこまれ ふりまわされ くたびれはてて


ある日 卒然と悟らされる/もしかしたら たぶんそう/沢山のやさしい手が添えられたのだ


一人で処理してきたと思っている/わたくしの幾つかの結節点にも


今日までそれと気づかせぬほどのさりげなさで



毎日の暮らしの中でわずらわしいこともたくさんありますが、誰かを支えまた支えられているのだと考える時間をちょっともって「さぁ、またやるかぁ~!!」と気合いを入れ直すために読み返したい詩のひとつかな…と思います。


今、たくさんの雑誌が言葉や詩の特集をしています。万葉の言葉が今も息づいているってスゴいな~と思います。防人さんなんか、自分の歌がこんなに長い時間生き続けるなんて全く考えていなかったでしょうね(゜□゜)


『桜』という詩が新聞コラムにありました。


さくらだという
春だという
一寸(ちょっと)、お待ち
どこかに
泣いている人もあろうに


山村暮鳥の詩だそうです。「いちめんのなのはな」の黄色いじゅうたんの光景の詩は有名ですが、こんなさくら色の言葉もあったのですね。


私たちは、泣いている人がどこにいるかを知っています。そしてその涙のわけも知っています。


いろんなブログめぐりをしていると、今年の桜にもう出逢うこともあります。


あの日から2週間です。
桜を楽しみにしていた方々がたくさんいたと思います。桜を大事に育てていた方々も…。そのたくさんの方々の分も桜を待ちわび、開花を喜び、美しさに感嘆の声をあげ…生かされた命に感謝するのは不謹慎とはいわれないでしょう。


昨日、店舗スタッフと震災についての取り組みもろもろ、疑問点などを(ちょっと詰問ぎみになってしまいましたが)きいたり話したりしました。エジキになってしまったスタッフには申し訳ない(笑)


驚いたのは「新聞を読まない」こと。自宅になくても店ではとっているのだし…なおかつ「支援物資を受付中」などと公言しているのだから、市内での受付状況など確認しているかと思ったらそれも無し。
具体的なことが文面になかったため、着古した衣類を持ってきた人がいたとか…はぁ。だから「何でも受付ます」なんて書いてはいけないんだって。持ってきた方もちょっと…ではありますが(泣)


こういう時くらい、新聞に目を通したら…と思います。1日中テレビニュースにくいついてはいられないのだから。


『新聞紙の詩(しんぶんしのし)』


きょう此頃(このごろ)の新聞紙をみろ
此の血みどろの活字をみろ、
目をみひらいて読め
これが世界の現象(ありさま)である、
これが今では人間の日日(にちにち)の生活となったのだ
これが人類の生活であるか
これが人間の仕事であるか
ああ残酷に巣くわれた人間種族
何という怖ろしい時代であろう
牙を鳴らして噛み合う
この呪われた人間をみろ
全世界に手に取るようにみせる一枚の新聞紙
その隅(すみ)から隅まで目をとおせ
活字の下をほじくってみろ
その何処(どこ)かに赭土(あかつち)の痩(や)せた穀物畠(こくもつばたけ)はないか
注意せよ
そしてその畝畝(うねうね)の間にしのびかくれて
世界のことなどは何も知らず
よしんばこれが人類の終焉(おわり)であればとて
貧しい農夫はわれと妻子のくう穀物を作らねばならない
そこに残った原始の時代
そこから再び世界は息をふきかえすのだ
おお黄金色(こがねいろ)した穀物畠の幻想(げんそう)
此の黄金色した幻想に実る希望(のぞみ)よ





同じく山村暮鳥の詩です。今、心に響きます。


今日も1日穏やかに過ごせますように。


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今日の夢は、ダンナにケータイをグニャ!!と壊されるイヤな内容だったので、やっぱりおこりんぼじゃない人がいいな~と思いました(笑)


でも、理想というか「こうあってほしい」というのは、お互い様でしょうが、年齢を重ねるに連れて変化するんじゃないかな~φ(°°)ノ°


全く関係ないといえばない気もしますが、親に関して書かれた関洋子さんの『ある日』という詩を思い出します。


ある日わたしは/自分を戒め/引きずっても/高めてくれる/親がいいと思った


違う日には、なぐさめてくれる優しい親を、また別の日には、こたつねこのように眠る親を…と考える「わたし」。そして…。


ある日わたしは/もうどうでもよく/ただひたすら/わたしの親であり/いるだけでいいと/親を思うようになった


そのときは/もう/いなかった


夫婦でも「ただ自分の伴侶でいてくれるだけでいい」と、損得勘定なしで思える関係が理想なのかなぁ…と思ったりしました。


理想は理想で、難しいですね。そうなるまでには、お修羅場をどのくらい体験すればいいのか、はぁ(´Д`)


貝の殻
海の響きを懐かしむ…


そんな「おふらんす」(コクトーってフランス人であっています!?)なお耳なら良いのですが、私の場合は…(*_*)


私の耳はブラックボックス
おかしな言葉をつむぎだす


今の仕事についてから、目と耳がかなり悪くなったような…(>_<)


年齢もありますが(笑)毎日が『空耳アワー』でございます。


今日は『求不得苦』(ぐふとっく)という言葉を聞いたのですが、「なんだよ、グフ特訓って!?」と思いました…。


たいして面白くないことでも「ぐふっ♪」と笑ってあげる、思いやりの練習か~?と考えてしまいました。


正しい意味は『求めても得られない苦しみ』のことです。


全く意味があいません。


仏教で人間が生きていく上での様々な苦しみを言い表した四苦八苦のひとつをお笑いに変えて聞いてしまった、私の半生は今後どうなるのでしょう…?



『妹の日』の記事を書いた時には、全く忘れていた、金井直さんの『木琴』。


たしか小学校高学年くらいに、国語の教科書に載っていたと思います。



『木琴』金井直


妹よ

今夜は 雨が降っていて
お前の木琴が 聴けない

お前はいつも
大事に大事に木琴を抱えて
学校へ通っていたね

暗い家の中でも お前は
木琴と一緒に歌っていたね

そして よくこう言ったね
「早く町に 赤や青や 黄色の電灯が点くといいな」

あんなに嫌がっていた戦争が
お前と木琴を焼いてしまった――

妹よ

お前が 地上で木琴を鳴らさなくなり
星の中で鳴らし始めてから 
間もなく町は明るくなったのだよ

私の他に 誰も知らないけれど

妹よ

今夜は 雨が降っていて
お前の木琴が 聴けない



行間が今ひとつはっきりしなくて、申し訳ないのですが…(>_<)


合唱曲にもなっているそうですね。


私が、この詩で一番好きなところは


~私の他に 誰も知らないけれど~


この部分です。


こういう人たちがたくさんいたんだろうなぁ…と思うんですよね。


「戦争犠牲者」と、ひとくくりにされてしまいますが…。


実際、金井さんには妹はいなかったらしいので、「それぞれの大切な誰か」の象徴が「妹」なんだろうと思います。


夜空を見上げた時に、この詩を思い出してもらえたら嬉しいです。



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