2020年04月20日

鎮月雲便りNo.20:耳

耳たぶの小さき穴に月隠る 伊藤五六歩
 

月が出るのではなく星が光るのではなく、隠れているとは……ピアスの穴を満月に見立てた俳句でしょうか?


毎晩、ダンナさんの耳そうじをさせられてウンザリしている私ですが、耳そうじの漫画を見つけました。私はモーニング掲載時に読んでいましたが、また読んで、うふふ(*´艸`)となりました。

https://www.pixiv.net/artworks/78955939



【ゾウさんの耳の穴 🐘】
https://search.yahoo.co.jp/amp/s/gamp.ameblo.jp/cageman-channel/entry-12184381500.html%3Fusqp%3Dmq331AQQKAGYAaidkvmFleyaNLABIA%253D%253D


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2016年09月24日

秋雲便りNo.21:平和の「ぞう」

このところバタバタしついて新聞のテレビ欄さえ見ない日が続いていたのですが、9月21日は国際連合が制定した記念日(国際デー)のひとつ「国際平和デー」だったのですね。1981年にコスタリカの発案により国連総会によって制定されたそうです。なぜコスタリカからかはわかりません。(コスタリカは1949年に憲法で軍隊を放棄することを決めたのでコレに関係ある?)


当初は国連総会の通常会期の開催日である9月第3火曜日でしたが、2002年からは9月21日に固定されました。平和を呼びかける日で、国連ではこの日1日は敵対行為を停止するよう働きかけているそうです。ニュースでやっていたでしょうか? 呼びかけなくてもおだやかな日常があるのが当たり前の世界であって欲しいのですが……。


Facebookではリアクションボタンのハートマーク「超いいね」(こんなのがあるんですか!Facebookとは無縁なワタクシです)を押すと、たくさんのハートが飛び散るアニメーションが表示されて評判になっていたそうです。


先月までは、原爆忌や終戦の日など戦争に関連した記事をたくさん目にしていました。オリンピックやパラリンピックなどがあり、今は豊洲問題がメインになっていて、どこか平和に関する話題は8月だけみたいになっているような……私もそうなんですが、いつでも考えなくてはいけないことですね。


『英霊いつまで直立不動炎天下』という句があるのですが、これを読んでいろんな兵隊さんや軍人銅像について考えてしまいました。慰霊のために、彼らを忘れないために建てられたものでも、風雨にさらされる外にあるというのは……たくさんの人に知ってもらえる(見てもらえる、気にしてもらえる)けれど、今でも現世に留まり、戦っているという捉え方もあるんだと……こんなのは「ちっぽけな感傷」なんでしょうけど、せつなくなりました。



「ぞう」つながりというワケではありませんが、川崎洋さんの『象』という詩を思い出しました。“象が識らないことがらの総量と私が識らないことがらの総量とでは私の分がずっしり重い”……自分がもの知らずだと思う度にこのフレーズが浮かんできます。



『象』 川崎洋


気の合う
象 と
めぐりあいたい

象が眠っている間に
象の牙に
小鳥の絵をかきたい

象が識らないことがらの総量と
私が識らないことがらの総量とでは
私の分が
ずっしり 重い

象の前に
象の目方分の
花束を積み上げたい

象の背中に
誰も乗せないように
したい
仏陀にも
触らせないようにしたい


その具象としての
ミステリアスと
私は
生命連鎖の
どんな環に位置して
繋がっているのか





rohengram799 at 18:12|PermalinkComments(6)

2016年07月26日

布雲便りNo.26:おっとり砂丘 

♪どうぶつえんにこうよ~みんなでいこうよ~
昔、かまやつひろしさんが『みんなのうた』で歌っていましたが、そんな夏休みに突入しましたね。


文部省唱歌に『動物園』というのがありました。

♪動物園の のどかな午後は 孔雀がすっかり得意になって うちじゅう いっぱいひろげて見せる 金ぴか模様の晴着の衣裳


孔雀が一番手とは……やはりハデさが人目をひいて人気だったのかしら? お寺に孔雀がいるイメージがありますが、高島屋の屋上に象がいたことがあったそうです。名前は「高子」さん! また昔の銀座松屋の屋上にもライオンやトラがいたとか? こちらは写真とか残っていなくてはっきりしたことがわかりませんでした。屋上遊園地ではなく屋上動物園が当たり前だったのか、それだけの資金力があったと言うべきか……。



さてさて……県知事が「スタバはないがスナバはある」と発言し、今は「スナホ・ゲーム解放区」宣言し、砂丘でGO!GO!GO!な鳥取県ですが、一度鳥取県として置県されたのに島根県になり、消された屈辱の5年(オーバーかしら)があり、再置されたことをご存じでしたか?……って私も昨日『歴史群像』のイベントページを読んで知ったばかりなのですが(; ̄ー ̄A


《鳥取県再置の記録や史料を展示 鳥取市で特別展
 鳥取市上町の市歴史博物館で16日、特別展「明治九年鳥取縣(けん)廃セラレ候(そうろう)~鳥取県再置への軌跡」が始まった。1876(明治9)年に鳥取県が島根県に統合され、その5年後に鳥取県が再置された当時の記録や史料、書状など約150点が展示されている。9月25日まで。》


鳥取県が廃県された同年から今年で140年!! 県の歴史を再認識してもらおうと同館が企画。明治新政府の三条実美太政大臣が、明治天皇の裁可を待つ間に再置の準備をするよう、作間一介書記官に指示した貴重な書簡が初公開。 統廃合に不満を募らせた旧鳥取藩士が再置運動を起こし、政府への積極的な働き掛けで1881年に再置が実現した史料も紹介しています。このほか、西南戦争の際、山県有朋が「早く自らの命を絶ち本意でなかったことを証明し死傷者をこれ以上増やさぬように」と、西郷隆盛に戦争継続を思いとどまらせる書状も展示されているそうです。


鳥取県というと漫画家の谷口ジローさんの故郷というのと、砂丘が浮かんできますが、日本で一番大きな砂丘は青森の猿ヶ森砂丘(約15000ha)なんだそうです。鳥取砂丘は約5451ha。1ha(ヘクタール)=100m×100mです。猿ヶ森砂丘は昭和34年から防衛省・自衛隊の軍事演習場になっているので、一般人は入れません。だから知られていないと思います。


「鳥取砂丘・風の人」ってなかったっけ?と思ったら東京ロマンチカの歌でした(≧∇≦)

http://blogs.mobile.yahoo.co.jp/p/blog/myblog/content?bid=rahyale&id=34520005



タイトルの「おっとり」はもちろん鳥取を意識したものですが、「のんびり」「ゆっくり」ではなく、「押っ取り刀で駆けつける」「押っ取り刀で飛び出す」の、急いだ状態をイメージして下さいませ。鳥取県がなくなっただと!? 一大事だ!!という、県民の、熱砂のようなアツい思いを感じて下さい!!


押っ取りは「急いで手に取る」「勢いよくつかみ取る」ことを意味する「押っ取る」の連用形で、押っ(おっ)は「おっぱじめる」や「おったまげる」の「おっ」と同じ、動詞に付いて意味を強める「押し」の音変化だそうです。“おっぺけぺー”もペケを強調しているのかしら(´・ω・`)?




明日の記事はまた「読書感想文」(笑)の予定です(* ^ー゜)ノ





rohengram799 at 19:06|PermalinkComments(10)

2016年05月09日

香雲便りNo.10:竹ゾウ

新聞で久しぶりに「タケノコ生活」という文字を見ました。今は「自転車操業」とか言ってもなんのこと?(・_・;?という若者が多いのかしら?


生活のために、手持ちの家財道具や衣料品などをその都度売って生活費をまかなうような暮らしかたを指す表現が「タケノコ生活」。「タケノコ剥ぎ」と同様、筍の皮が1枚1枚剥げるさまにたとえた表現。でも今だと「1ヶ月1万円生活」みたいに給料日までタケノコしか食べないみたいに思われていそう……。あとはたけのこの里goodsに囲まれた暮らしとか。


まだタケノコみたいに剥ぐものがあるだけマシだった、という話を聞くとまたなんとも言えない気持ちになります。



「竹落葉」という季語がありました。竹は若竹の伸びるころ、新しい葉を出し、黄ばんだ古い葉を落とします。これが「竹落葉」で、掃いても掃いてもきりがないほど降ってくる! 落葉というと冬の季語ですが、竹落葉は夏なんですね。


『竹落葉猫の素足のうつくしく』(関戸美智子)


なんとなくこの猫のイメージは黒猫なんですが、皆さまの中ではどんな猫でしょうか?



さてさて、猫って古い時代の絵画にもよく登場しますが、伊藤若沖の作品に『象と鯨図屏風』というのがあって、なんかスゴいわぁ……ゾウさんはもう江戸や明治の頃にいたのかしらん('_'?)

http://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/168651


『長崎文化百選』からの引用によると「(象が)はっきり初渡来として歓迎されたのは、亨保十三年(1728年)将軍吉宗の時代に長崎に渡来したときである(松浦直治)という。 六月七日にオランダ船で長崎に着いた象は、雄と雌の二頭。雌の一頭は病気で死んだが。残った七歳の雄は将軍吉宗に献上のため翌十四年三月十六日長崎を出発。十四人の飼育係に交代で見守られながら、江戸まで三百里(約1200km)をノッシノッシと行進する。南蛮渡来のこの珍獣を一目見ようと、沿道は大変な騒ぎ。ずっと後世のパンダブームのような大フィーバーである。なにしろ巨体だから、橋も補強しなければならない。大井川はイカダを組んで渡す、といったありさま。そのころはもう江戸では象の写生図が早打ち飛脚で到着して一枚絵に刷られ、象の記事の載ったかわら版は、いくら刷っても売り切れ『馴象編』『象志』など象百科のような出版物は十数種に上ったという。 五月二十五日に江戸に着いた象は、浜御殿の象舎に入った。翌々日江戸城へ引き入れられ、吉宗は諸大名とともに象を見物した」そうな~!! しかしこの象は、やがて栄養失調でやせ細り死んでしまったそうです……幕府のお偉いさん方が思う以上にたくさん食べたんでしょうね( ̄▽ ̄;)



若沖は『鸚鵡図』も描いていますが、この白いオウムを見るといつも『暴れん坊将軍』の「地獄を見たかオウムちゃん」(暴れん坊将軍Ⅲ)というあまりにもNiceなタイトルを思い出します(≧∇≦)

http://yunemoko.blog.fc2.com/blog-entry-199.html



竹林をゾウさんが歩くのはムリがあるでしょうが、たくさん積もった竹落葉のお布団は長旅をしたゾウさんにやさしいかしら? 「妄想竹」がスクスク育ち、今日はゾウの背中にかぐや姫が乗った夢を見るかもしれません(´∇`)





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2010年09月07日

第255号:一生のうちに何人の人と出逢えるでしょう

ローカル線のボックス席に向かい合って座っている、おばあちゃんと若い娘さん。都会からやって来たらしいお嬢さんに「ミカン、食べる?」と差し出すおばあちゃん。そのポスターに書かれていたのが「一生のうちに何人の人と出逢えるでしょう」という言葉でした。


たしか川崎ひろ子さんの『瞳開いて』という連載漫画。広告代理店が舞台だったと思います。電車の中吊り広告で、このポスターを見たことをキッカケに主人公の女の子が会社に入る…というエピソードでした。


試験の時に「赤」をテーマにしたものを描くとかいうので、みんなリンゴとかポストとか描いていたように記憶していますが、主人公のコは「赤信号で待つ人たち」を描いて合格したんですよ。ああ、リンゴやポストが必ず赤とは限らない…う~ん、奥が深い!?なんてお子さまなワタクシはおもいました。この漫画の中で、私は川崎洋さんの『象』という名詩とも出逢いました♪


まだ国鉄と呼ばれていた時代の『いい日旅立ち』を連想するようなコピーで、旅の素晴らしさをあらわしているのと同時に、「人生も旅だよなぁ~」なんて思わせてくれる言葉です。実際、どこかに旅行することのない私ですが、ケータイを手に入れたことでいろんな人と出逢えるチャンスが出来て有り難いことです、ハイ!!


ところで、キャッチコピーというより家訓ではありますが…結構笑えるものをご紹介させていただきます。田中芳樹さんの小説『銀河英雄伝説』に登場する、オレンジ色の髪の猛将、フリッツ・ヨーゼフ・ビッテンフェルト提督(いのししビッちゃんだ!!)の家訓です。


《人をほめる時は大きな声で、悪口を言う時はもっと大きな声で》


勇気ある方、実践してみて下さい(--;)




rohengram799 at 14:10|PermalinkComments(0)
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