重松清

2015年02月09日

氷雲便りNo.3:あなたに逢いたくて……『かあちゃん』

鼻水がとまらない~コレは風邪というより花粉症だと思います~目もかゆいし……ああ、春が来たのだ!!と思うことにします(;´д`)



さてさて、昨日から重松清さんの『かあちゃん』を読んでいます。ドラマにもなった『とんび』や『流星ワゴン』は父親の哀しみや愛情がいっぱいでしたが、こちらはタイトル通りいろんな「かあちゃん」とそのかあちゃんに対する子どもたちの気持ちが描かれています。いろんなつながりのある登場人物が主人公になった連作長編です。あらすじはこちらのブログが詳しいかと思いますのでお読み下さい。


『かあちゃん』 重松 清




昨日は仕事帰りに続きが気になり、キリのよいところまでと思って待合室で読んでしまいましたが(第三章まで。第八章まであります)ああ、せつない……親の気持ちも子どもの気持ちもわかる……そんな立場になったいささか中途半端なお年頃のワタクシ、第二章の『リセット』ラスト近くの「僕」の気持ちがたまらない。(ブログに書いてあるいじめに加担した本多くんが主人公です。私も育児書や教育書に頼るお母さんは好きじゃないですが、他に方法を見つけられない気持ちを全否定する気にはならないですわ)




子どもの頃、僕はよく想像していた。自分が正義の味方になって戦う姿を。でも実際にはケンカをするたびに泣かされていた。弱かったのだ。泣きやんでから家に帰ったつもりでも、母には頬に残る涙の跡を見抜かれてしまう。そんなとき、母はいつも「お帰り」とだけ言って、エプロンの上からギュッと抱いてくれた。僕もケンカのことはなにも話さず、ただ「お母さーん!」とむしゃぶりついて、せっかく止まった涙をまた流してしまうのだ。

お母さんの「お帰り」を聞きたい。抱きついて泣いたりはしない。僕はもう中学生で、頬に残った涙の跡を消すことが大事だというの知っている。でも、聞きたい。何度でも、いくつになっても。



何故か特攻隊の若者の遺書に書かれた母親への感謝の言葉や最期に叫んだであろう「お母さん!」の声が聞こえたような気がして、泣きながら夜道を歩く変質者になってしまいました(^^;)(;^^)




♪あなたに逢いたくて 逢いたくて 眠れぬ夜は なたのぬくもりを そのぬくもりを思いだしそっと瞳 閉じてみる………聖子ちゃんのラブソングも私には母をさがす歌に聴こえましたわ……「おかあちゃんがいない( TДT)」と泣いてダンナに迷惑かけましたが、母が亡くなって1年、ようやくこのタイトルの本を読めるようになりました。父上さま、母上さまがご健在の皆さま、どうぞほのぼのとしたあたたかい関係がずっと続きますように。私の両親の分も長生きして、たくさんの嬉しい出来事に出逢っていただたいです。



では!! 仕事に行ってまいりま~す(´ー`)ノ





rohengram799 at 10:44コメント(6) 

2014年11月02日

琥珀雲便りNo.2:ママコノシリヌグイ(゜д゜)

昨日は『峠うどん物語』(重松清)を読みました。そんなに厚くないのに上下にしたのは「峠」だから('_'?)重松作品なので『一杯のかけそば』みたいな話かと思っていたらちょっと違いました。


峠にうどん屋がありました。そのうどん屋の傍に市営斎場ができてしまった…! うどん屋の名前は「長寿庵」……いくらなんでもこれはマズイと「峠うどん」に店名を変更。店のお客さんは、うどんだけを楽しみにやってくる“通”から、いつしか道向かいの斎場の通夜ぶるまいほどには親しくない、精進落としほどには関係が薄い……そんな喪服の方々が一献のお酒を求め、一杯のうどんを求めてやってくるようになったのでした。


無口なガンコ職人のおじいちゃん、明るく世話焼きのおばぁちゃん。後継ぎは今のところいません。お手伝いに来てくれる孫娘のよっちゃんの両親は学校の先生で、高齢のふたりのこと、高校受験前の娘のことを心配しています。週一回手伝いとはいえ「人の生き死に」を間近で感じるわけで……霊柩車の運転手さん、おじいちゃんの親友、よっちゃんの同級生の話など……よっちゃんの知ったかぶりな態度や発言にまだまだ子どもだなと思ったりする、かつての女の子だったおやぢなワタクシがいます。しかし、重松さんはなんでこんなに多感な少年少女の気持ちを繊細に描けるのか……本当に不思議。



さてさて……今日は休みなワタクシ(お仕事の方々、申し訳ありません!)朝から洗濯をして久しぶりにゆっくり新聞に目を通すといろんな話題が!! 紫綬褒章に桑田佳祐さん\(◎o◎)/ 「クマリ」というネパールの少女神を取材した本に興味を持ったり、地方版には「イシミカワ」というお皿にブドウを盛ったような実の紹介があったので、カラーで見てみたいなぁ、と検索したら……なぁに、これは?な植物名に気持ちが揺らぐ……「ママコノシリヌグイ」って「オオイヌノフグリ」よりインパクトがある( ̄O ̄;


ママコノシリヌグイには
茎にびっしりと下向きの刺があります。ママハハがこれで連れ子(ままこ)の尻をこれで拭いて虐めをするたとえで付けられたそうです。昔は木の葉やフキの葉が使われたといいますがが、こんなトゲの多い植物で……という発想がコワイ((((;゜Д゜))) 下記サイトでイシミカワの画像も見ることができます。


http://www.geocities.jp/mc7045/sub141.htm



なんか座っていると、お尻がモゾモゾしてしまう……皆さまはハレバレとしたステキな1日をお過ごし下さいませ( ̄▽ ̄;)





rohengram799 at 09:16コメント(10)トラックバック(0) 

2013年11月02日

わた雲便りNo.2:『夜宵』式ドキドキ(◎-◎;)

重松清さんの『きみ去りしのち』を読み終わり、今は柴村仁さんの『夜宵(やよい)』を読んでいます。恒川光太郎さんの『夜市(よいち)』はファンタジー系ホラーでしたが、こちらの「市(いち)」は‘心臓の悪い方はご遠慮下さい’に近いホラーかも(~_~;)


大晦日までの僅かな期間にだけ立つ「細蟹(ささがに)の市」。そこで手に入らないものはないという…ある者は薬を。ある者は行方不明の少女を。ある者はこの世ならぬ色を求めて、細蟹の市へと迷い込む……みんな仮面というかお面をかぶっていて、迷い込んだ人間は素顔のままなのですぐわかる。市守りのサザという人物に見つけてもらったらラッキー!で、そうでない場合は多分…ぎゃーっ!な運命が待ち受けているはず…商品として売られるとか! 双子の「あさなさな」と「ゆうなゆな」がまたブキミちゃんであります。私は勝手にマンガ『鬼灯の冷徹』の座敷わらしちゃんたちをイメージしているのですが、物語の終りはどうなるのかしら…ドキドキ(O.O;)(oo;)

タイトルにも使われている『宵』ですが、夜の時間区分で「ゆうべ」の次の段階。日没から夜半ごろまでをさすそうです。全く見たことも聞いたこともない『徹宵(てっしょう)』は、夜どおし起きていること。徹夜は庶民な響きですが、こちらはなんか高貴なイメージがするのは私だけ?


最初、記事タイトルを『ヨイヨイゞ(^o^ゝ)≡(/^_^)/"』にするつもりしだったのですが、調べたら「よいよいとは、アルコール中毒や脳卒中によって手足が麻痺したり、口がもつれるといった症状のことで、差別的要素が強い言葉である」とあってビックリ( ; ゜Д゜)盆踊りの振り付けというのでしょうか、アレもこの動作というかしぐさからのものらしいです。知らなかった……(´д`)今はあまり耳にしないのも、良い表現ではないからなのですね。


「聞いた?あさなさな」「聞いたわ、ゆうなゆな」「なんて無知」「なんて無恥!」………くく、双子のこの言葉が聞こえてくるような気がする~!!


文化の日を前に、ひとつ言葉の歴史を学んだのだっ!と開きなおることにします……(-_-#)





*前の記事のお返事遅れます…人( ̄ω ̄;)





rohengram799 at 23:05コメント(3)トラックバック(0) 

2013年09月23日

しらす雲便りNo.16:猫の手も借りたい、ふんどしも…(;゜∇゜)

犬わんわんわん、猫にゃんにゃんにゃん♪……わかる人にしかわからない(笑)あのねのねの歌を思い出したワタクシ、「猫つながり」で今日は『ブランケット・キャット』を読みました。2泊3日のレンタルにゃんこ(お気に入りの毛布と専用ごはん持参)と借り主(とまわりの人たち)の物語。花粉症だったり引退した黒猫だったり、尻尾のない珍しい猫だったり、身代わりだったり…の7つの短編集。1番好きなのは、にゃんこ目線で描かれた話なのですが、猫自身が話せるとしたら語尾に「…にゃん」とつけるのだろうか( ̄▽ ̄;)


レンタル家族とかはじめてきいた時には「なんだ、そりゃ~」でしたが、結婚式に親戚や友人として出席するとか、結婚しろとうるさい両親にあきらめてもらうために偽恋人になってもらうとか……必要な人たちにはアリガタイ人材派遣事業になるんでしょうね。


大きなものから小さいなものまで←どこかで聞いたことがあるフレーズ(笑)いろんなレンタルがありますが、ちょっと調べてみたら江戸時代には《ふんどしレンタル》があったそうです……ふんどし( ; ゜Д゜)ショーゲキだわ!


江戸時代、足軽たちは「貸しふんどし屋」から借りるのが普通だったらしいです。当時1枚の長さが六尺もあるふんどし(六尺褌)は男の必需品!が、1本250文もして、汚れれば洗わなくてならないし、ご主人さまのおともをする時は常にみられるし、こざっぱりとしていないとダメ(*_*)…1本持ってるだけでは間に合わない、しかし何本もそろえるには高い。で、汚れた褌と1本60文(当時ソバが20文)の料金で貨しふんどし屋で洗濯してノリの効いたモノとを交換して着用したらしい。足軽人足は独身者が多く、住み込みで24時間勤務が当たり前なのでこの仕事が大当たり!になったようです。


江戸時代の小説を読んだら、こんな場面も出てくるのかしらん?大奥では着物レンタルとかかんざしレンタルとかあったのか? 家臣や奥さまレンタルがあったらイヤだわ!と思ったおバカさんなワタクシ、もう寝ます(+.+)(-.-)(__)..zzZZ



*前の記事のお返事は明日になります(/。\)




rohengram799 at 23:30コメント(11)トラックバック(0) 

2013年03月19日

らくだ雲便りNo.33:『とんび』と『案山子』

今日は夏の暑さを感じる~なんなんでしょう、この天気!体調管理が大変~最近は「胃が痛いとはこういうこと?」という状態が多くなりました。やっとオトナになったのかしら(--;)


今、重松清さんの『とんび』を読んでいます。ドラマの番宣を見たヒョロヒョロくんから「お母さん、持ってる?」ときかれて「じゃあ買ってくるね」と言ったのはいつだったか?彼はすぐ読んでしまいましたが、私はドラマも終わった今になってページをめくっているワケです。


私はドラマも見ていないので、全てがはじめて状態。父親のヤスさんはウチの父と同世代、息子のアキラはウチの兄と同じ年に生まれているので、大きくなってからの学校や社会の様子など「そうそう、こんな感じだった」と思いました。高1になったアキラが故郷を離れ「東京の大学にいきたい」とヤスさんに言っているところです。幼い時に母を亡くし、父ひとり子ひとり、ただひたすら息子を大切に、守りたい、離したくないと思って頑張ってきた彼には素直に息子の願いをきき「よし!父ちゃんにまかせとけ!!」とは言えない…。ああ、なんてせつない親心なんだろう…。


ウチの兄も大学は東京でした。私がまだ残っていましたが、祖父など兄のところに行きたかったみたいです。兄の入学式に父は出席したのですが、自分は進学できなかったので(祖父から魚屋になるのに大学は必要ない!と出刃包丁を持って追いかけられたらしい)大学の雰囲気とか見たかったのかなぁ、と思っています。ヒョロヒョロくん、学部は違いますが兄の後輩になってくれたので、それは嬉しかったんじゃないのかなぁ。


重松さんの話は泣けるのが多いのですが、読者を泣かせようと思って書いている文章ではなく、登場人物ひとりひとりが魂を持ち、生きた言葉を話しているという感じ。ドラマもきっと良く出来ていたと思いますが、やはり活字の登場人物を自分の中でいきいきと動かしてこそ、この作品のすばらしさを存分に感じられるのではないかと思います。


この本を読むとさだまさしさんの『案山子』を思い出します。親って子どもに対して使う言葉って本当に少ないし、みんな似たり寄ったりの言葉にしかならない。ただもう元気で、日々明るく楽しく過ごせますように。しあわせでありますように。「生きていてよかった」と思える瞬間にたくさん出会えますように…!!


ああ、最後がどうなるのか気になって仕方ないですが、仕事にもどります。泣いてないからねっ!!




rohengram799 at 19:05コメント(12) 
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