備忘の果実 〜オスカー戯言日記〜

好きなことを好きな時にチマチマと書いています(⁠๑⁠˙⁠❥⁠˙⁠๑⁠)

【空のお城通信〜オスカー戯言日記〜】(2010.3.17〜2021.10.31 )からタイトルを変更。(2021.11.7〜)

長田弘

For Beautiful Human Life 🎉✨😆✨🎊

『世界はうつくしいと』


うつくしいものの話をしよう。
いつからだろう。ふと気がつくと、
うつくしいということばを、ためらわず
口にすることを、誰もしなくなった。
そうしてわたしたちの会話は貧しくなった。
うつくしいものをうつくしいと言おう。



風の匂いはうつくしいと。渓谷の
石を伝わってゆく流れはうつくしいと。
午後の草に落ちている雲の影はうつくしいと。
遠くの低い山並みの静けさはうつくしいと。
きらめく川辺の光りはうつくしいと。
おおきな樹のある街の通りはうつくしいと。
行き交いの、なにげない挨拶はうつくしいと。
花々があって、奥行きのある路地はうつくしいと。
雨の日の、家々の屋根の色はうつくしいと。
太い枝を空いっぱいにひろげる
晩秋の古寺の、大銀杏はうつくしいと。
冬がくるまえの、曇り日の、
南天の、小さな朱い実はうつくしいと。
コムラサキの、実のむらさきはうつくしいと。
過ぎてゆく季節はうつくしいと。
きれいに老いてゆく人の姿はうつくしいと。



一体、ニュースとよばれる日々の破片が、
わたしたちの歴史と言うようなものだろうか。
あざやかな毎日こそ、わたしたちの価値だ。
うつくしいものをうつくしいと言おう。
幼い猫とあそぶ一刻はうつくしいと。
シュロの枝を燃やして、灰にして、撒く。
何ひとつ永遠なんてなく、いつか
すべて塵にかえるのだから、世界はうつくしいと。


(長田弘)






どこかで聞いたような記事タイトルですが、日付がかわり、ワタクシの誕生日になりました~(*’ω’ノノ゙☆パチパチ

一つ数が増えましたが、四捨五入すればまだ50歳(笑) これから自分にとってたくさんの「うつくしい」を見つけて、空のお城をお宝(ガラクタ?)でいっぱいにしたいです♪





菫青雲便りNo.18:イツカ、向コウデ

仕事の休みが続いたので、本屋さんに行っていろいろ立ち読みしたり、本を買ったり読んだりしてきました。だから最近は本からの話が多くなっなっていますが、今日もです!



『幼子に 帰りし妻の 手をとりて 今も変わらじ 若き日のぬくもり』


いつから「老老介護」という言葉が使われるようになったのでしょうか・・・『八重子のハミング』(陽信孝)という、映画にもなった本を読みました。



思いもよらなかった夫婦の同時発病。夫は胃がんが発見され摘出手術。その直後、妻にアルツハイマー病の兆候が見え始めた―。その後、夫は三度のがん手術から生還する一方で、妻の症状には改善の兆しが見られなかった。自らも迫り来る死の影に怯むことなく闘病、そして献身的に妻の介護を重ねる日々…。“三十一文字のラブレター”短歌約八十首を詠み、綴った、四千日余に及んだ老老介護の軌跡。「現代の智恵子抄」とも評された話題の単行本、待望の文庫化。二〇〇二年末に他界した愛妻を偲んだ「終章」を補記。(文庫裏表紙より)




文章はとても読みやすいです。最初にぎゅっ!と手を握って歩くふたりのモノクロの写真があります。途中『智恵子抄』の一部が抜粋され、奧さまと智恵子を重ねている場面も。奧さまは次女・三女の結婚の時には症状が進んでいて、本当なら女同士でいろんな話をしたり、相談にのってもらったり、きちんと挨拶をしてお嫁入りなのに、せつないなぁと思いました。全体に奧さまへの愛があふれていて、それゆえに一緒に死んでしまおうと思ったり・・・。姑さんも徘徊を繰り返し、迷子になり近所の人が見つけてグレたら時に優しく声をかけてくれます。

「まあ、八重子さんごめんね。怪我はなかったかね。信孝がいないのはわかっていたのに、気がつかなくて、私が悪かったね」

そう言って肩を抱くようにして家の中に導いたそうです。そのお母さんも八重子さんを見送った2年後に亡くなります。近所の方々の協力、姑のやさしさ、娘婿のやさしさ、孫たちのやさしさ。親がよく言い聞かせているのでしょう、小さいのに本当にいい子たちです。


『妻の介護をしてきたことで私が強く心に感じるのは、「優しさ」と「怒り」の限界についてである。人間、怒りには限界があっても、優しさには限界がないということだ。優しさは、後から後から涌き出てくる泉のごときもので、人間が持つ肉体のすべてから醸し出されるものではないだろうか。』


『それに紙おむつをしていればそれでいいというものでもない。おむつをあてて事足れりとするのは「介護」ではなく、おむつを汚さないよう、トイレに連れていって用を足せるよう心を配るのが本物の「介護」である。』




八重子さんが息を引き取った後の場面は辛いです。だって普段と変わらずにいたのに、ほんの30分ほど洗濯物を干したりしていただけなのに、なぜ別れは突然やって来てしまうのか。解説は母親の介護経験がある落合恵子さん。長田弘さんの『イツカ、向コウデ』という詩についてふれていたので、検索してみました。今回の記事の締めくくりに・・・。





『イツカ、向コウデ』長田 弘


人生は長いと、ずっと思っていた。
間違っていた。おどろくほど短かった。
きみは、そのことに気づいていたか?

なせばなると、ずっと思っていた。
間違っていた。なしとげたものなんかない。
きみは、そのことに気づいていたか?

わかってくれるはずと、思っていた。
間違っていた。誰も何もわかってくれない。
きみは、そのことに気づいていたか?

ほんとうは、新しい定義が必要だったのだ。
生きること、楽しむこと、そして歳をとることの。
きみは、そのことに気づいていたか?

まっすぐに生きるべきだと、思っていた。
間違っていた。ひとは曲がった木のように生きる。
きみは、そのことに気づいていたか?

サヨナラ、友ヨ、イツカ、向コウデ会オウ。


笑雲便りNo.5:ジーン…花のワルツ

昨晩から急激に冷えてきましたね((+_+)) でも青森や秋田など北国に行って、そこで暮らす人たちに「寒いですね」とかインタビューする東京のテレビ局の人間ってどうよ……(´д`)



今日は12月3日、イチニサンでアントニオ猪木を連想する人もいるでしょうが、私はオトメなので(;゜∇゜)三拍子のワルツですわ♪


語源はドイツ語のwal(t)zen(回る、回転するの意)とされています。ワルツには2つのルーツがあるらしい。ひとつは、ゆったりした3拍子で18世紀後半に現れ、19世紀初めに流行したオーストリア舞踏「レントラー」。その起源は「田舎風の踊り」を意味するla"ndlerischer Tanzからという説とオーバーエーステライヒ州の特殊な踊りLandlに由来するという説があります。もうひとつはヴォルダと呼ばれるアップテンポの踊り。男女が抱き合抱き合って同一方向に回転することが、プロイセンのフリードリッヒ・ヴィルヘルム2世治下(1786-97)では不道徳とか(笑)目が回って不健康(爆)とかの理由で、一時禁止されていたこともあるそうです。まぁ、ダメよ~ダメダメ!と禁止されれば余計に燃え上がるもので……皆さん、夢中になったんでしょうなぁ。



名前でも「一二三」ってありますね。素直に「ひふみ」ではなく「どれみ」と読ませる場合もあるとか。また明治時代に「一二三○・」(ひふみまるちょん)という人が存在したそうです( ̄□ ̄;)!!名字が一二三。 一般庶民が名字を持たざるを得なくなった明治時代に生まれた名前だそうです。しかし……「ちょん」はないだろ~(ーー;) 一二三という名字はひふみの他に「かずふみ・いじみ・うたかね・ひおみ・ひほみ・うたたね」とも読むみたいです。



小説に『ジーン・ワルツ』ってありますが(未読です~関連ドラマも見たことがない)例によって「ジーンってナニ? 手術中に胸にじーん!とくる音楽を流すのか?」な私、遺伝子のことをジーン(gene)というのですね。ひとつ賢くなった気がする……そして、タイトルの意味深さにウーンとなりました。



♪今朝 新聞の片隅にポツンと小さく出ていました……ってこれは『あの唄はもう唄わないのですか』の歌詞ですが、朝刊「こどもの詩」金丸未怜ちゃん・小5の作品が載っていました。選者の長田弘さんのコメントが「じわじわ、じ~ん」ときたので、最後に書いておきます。



『花』

花は大きい心を持っている
だって勇気づけられるから
悲しいとき
うれしいとき
いろいろとあるけれど
花を見たら
元気になれる


長田弘さんコメント:花言葉をしらべるとわかるよ。人が花にどんなに心励まされてきたか。そう、花を見たら元気になれる。


♪負けないように 枯れないように 笑って咲く花になろう……



皆さま、どうぞよい1日を(・∀・)ノ



第666号:ブログの樹の下で、ボクと握手!?

今日は成人式のところが多いようですね。残念ながらワタクシは晴れ着のきれいなおね~さんを一人も見ていません!!見たのはアリさんマークの引っ越し屋さんのトラック…「新しい旅立ち」という意味では共通しているのかしら?などとまたわけのわからぬことを思っております(((^_^;)


新聞にも成人にすすめたい本だのいろいろありますが、私は長田弘さんの『詩の樹の下で』という詩集発刊の記事に目がいきました。


「木は小さくても、その時々で完成した形をしています。人間だってたとえ長く生きられないことがあったとしても、その日、その日に輝かしい意味がある」


昨年は東日本大震災があり、生死について誰もが考えた年だったように思います。


「ぼおっと街中に立っているように見えて、木は東京で一番の年寄り。人間の一生は一本の木に及ばない」


この言葉に「そうだなぁ」とあらためて思いました。小さい頃は「この木は昔からあるからいろんなことを知っているんだよ、すごいね!!」なんて話していたこともあったのに。


花札の1月の模様は鶴に松!!冬の寒い時期を耐える松の姿にいつか来る春を信じようと思いますね。


『ふりつもるみ雪にたへていろかへぬ松ぞををしき人もかくあれ』
(昭和天皇・1946年歌会始)


話がいつものようあちこちワープして申し訳ないのですが(-_-;)『立ちわかれいなばの山の峰におふるまつとしきかば今かへりこむ』(在原行平)という歌がありますよね?「松」と「待つ」で、この歌はおまじないに使われているとか…!


愛猫が行方不明になった時に使っていたエサ皿に、この歌を書いた紙を置いていたら戻ってきたそうです。それも何回か…スゴい効力だ(((・・;)


ひつじ雲便り467:おじいちゃんのたんじょうび

私が新聞で好きなのは「人生案内」と「投書欄」と「こどもの詩」だと書いた気がしますが、今日はこの中からこどもの詩です。


《おじいちゃんのたんじょうび》


ケーキをかっておいわい
本とうは
おじいちゃんは
しんでしまったけど
たんじょうびをいわった
しゃしんを見て
まるで生きているかのように
ほほえんでいた
おじいちゃんの
たんじょうびは
えいえん



小2の中村健甚(けんしん)くんの詩です。選者の長田弘さんのコメント「亡くなった人でも、忘れられない人の年齢は、その人の誕生日ごとに数えるんだ。生誕何年というふうに。」……漫画や小説の登場人物の誕生日やクリスマスにバレンタインなど、プレゼントを(作者宛ですが)贈るのって、日本だけなのかしら…?


没後何年という企画展もありますが「太郎百祭」みたいな元気がでるのがいいですね。


おじいちゃんのたんじょうびはえいえん……大好きだな~この言葉! 健甚くんの優しさもみんなに伝わって「えいえん」になると思うな(*^^*)




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