空のお城通信~オスカー戯言日記~

空のお城へようこそ゚+(人・∀・*)+。♪ 自分の好きなこと、興味のあることを書いています。

タグ:鬼

読売新聞に『時代の証言者』というシリーズがあります。少し前は「情念をうたう 岡野弘彦」さんでした。[岡野さんは歌人。大正13年(1924年)7月7日生まれ。家は代々、神主の家柄 ]

3/7(土)の記事に、「牧水の会」(*)に参加した時のエピソードがありました。


……あるとき大岡さんに、「岡野さん、あんな歌を詠んで、女子学生の多い大学の教壇によく立てるね」と話を切り出されました。僕は短歌で若者たちの愛情の歌というのをよく詠んだほうですが、教壇に立って顔を上げられないような歌はあまり詠んだ記憶がない。ちょっと怪訝な顔をしていたら、馬場(あき子)さんもそばで不思議そうにしていた。/ その歌というのが、〈うなじ清き少女ときたり仰ぐなり阿修羅の若きまなざし〉。「やっぱりちょっとエロチックだよ」と大岡さんは言う。清純な少女と、激しい怒りの表情をした戦いの神です。それにしても詩人というのは多感なものだなあと思いました。……



うなじ清き少女ときたり仰ぐなり阿修羅の若きまなざし


エロチックさを感じるとしたら「うなじ」でしょうか? 阿修羅像を並んで見ているのではなく、彼女の少し後ろの位置から見ていたのかも? 「阿修羅の若きまなざし」は思春期の少年の恋への憧れや未知なる衝動を感じさせるものであり、それを戒めているように思えたのでしょうか? 表面だけなぞれば、阿修羅を見ている若い学生さんふたりのイメージが私にはありましたが、少女と一緒にいるのは年上の男性だった可能性もあるワケで……繊細な詩人の大岡さんとおやぢな私の妄想では何億光年もの差がある気がしますが、仰ぎ見るのが阿修羅像なのがやはりポイントですね。ミロのヴィーナスとかではダメだと思います(笑)




大岡信(おおおか まこと、1931年2月16日 - 2017年4月5日)さんは 都立国際高校の校歌(詩)を書かれていました。
https://mobile.twitter.com/hidekishima/status/849594274954006528/photo/1


馬場あき子さんは昭和3年(1928年)1月28日生まれ。木原敏江さんがよく鬼の漫画を描いていて、その時にお名前を知りました。

https://tankanokoto.com/2019/10/babaakiko.html




(*)若山牧水賞の選考委員を大岡信さん、馬場あき子さんと長くつとめ、「牧水の会」と称して宮崎によく行っていたそうです。
http://www.bokusui.com/

100均に行きましたが、マスクは子ども用のイラスト入りのものが数種類……「種類に関わらずお一人様一点でお願いします」の貼り紙がありました。


理代子先生もブログにマスク転売のことを書いていました。

『こういう時に、人々の弱みに付け込んでお金儲けをしようとする輩を、私は許しがたいと思います。
でもまあ、それが資本主義社会ということなのでしょう。』

〆の文章がロシア革命とか歴史物を描いて来た理代子先生らしい、と思ってしまった! ご主人とのブログはコチラです。

http://baramyu-manatsu.sblo.jp/s/article/187132834.html



立春も過ぎましたが、ユーモラスな鬼の絵はがきを紹介しているブログがあったので。

【節分 鬼の絵はがき】
https://ameblo.jp/blue-seamade/entry-12572682476.html




豆撒くや妻のうしろのくらがりに 小林康治


コチラの俳句、最初読んだ時には奥さんが怖いダンナさんが「鬼嫁!」と思いつつ、直接投げつけることは出来ないから、その後ろに投げてみたのかな?と下世話な発想をしてしまったのですが、作者の経歴などを読んで「全然違うんじゃね? バカじゃん、ワタシ!」となりました。

1912(大正1)/11/12~1992(平成4)/2/3。東京渋谷生まれ。青山学院中等部卒。1943年応召、1945年傷病兵として帰還。

お兄さんは戦死、生き延びた自分のことを責める気持ちは生涯消えなかったのではないかと。豆まきの句も奥さまの後の闇に得体のしれない何かがいる気がして、それに向かって豆を投げたのかも……と思うようになりました。

http://haiku-kodama.world.coocan.jp/starthp/subpage13.html


お墓は深大寺にあるそうです。

http://kotorilog.cocolog-nifty.com/blog/2016/02/post-b1f3.html


他の方たちの歌碑もたくさんありました。

http://jindaiji.sakura.ne.jp/home/jindaiji/jindaiji205.html

マスクがどこにも売っていないですね〜ダンナさんがドラッグストアーに行ったら「黒いマスクだけあっ た」と言って買って来てくれたのが一箱ありますが、これをするのはかなり勇気がいるような……スゴい目立ちそう!


外国人はなぜマスクをしないのか?の考察記事がありました。ふむふむ、なるほど……と思いました?

http://blog.livedoor.jp/kaidanyawa/archives/54937428.html?jprank=4&cat=42



こちらは節分後の鬼の絵はがきです。ちょっと笑えます😅

https://ameblo.jp/blue-seamade/entry-12572682476.html




今日は風が強く冷たいですね。どうぞお身体に気をつけて下さいませ。

今日までは気温が低いようですが、花粉はバンバン飛んでいるようで……ああ、鼻水が! 目がかゆい!



「頭悪き日やげんげ田に牛暴れ」


西東三鬼のこの俳句、頭が悪いというのは機嫌が悪いという意味なのか? 牛だっていつものんびりモーモー言っているわけじゃないんだぜ!(笑) と考えてしまう。今はれんげ畑も見なくなりました。どこか遠くに行けばあるのかなぁ。



鬼つながりで、無料で読める漫画をご紹介。

第一話 鬼喰奇譚 >> https://i.bookmeter.com/books/13605997


一話から無料で読めます。昔話のような説話のような……続きが気になる作品です。





さてさて……新年度が始まると学校で健康診断がありましたね。昔は座高を測っていましたが、あれは何の意味があったんでしょうか( ̄~ ̄;)


悪玉菌・善玉菌と耳にするようになりだいぶ経ちますが、江戸の人々は人の心には善玉と悪玉がいて、どっちが勝つかでその人が善人になるか悪人になるかが決まると考えたとか。これは山東京伝が黄表紙『心学早染草(しんがくはやそめぐさ)』で、頭がまん丸、顔の代わりに善・悪と書かれた『ゲゲゲの鬼太郎』の目玉おやじのような小人が、廓で放蕩する男の両袖を引き合うという絵を描いて大人気となったのがはじまりらしいです。

 

【善玉・悪玉】
https://japanknowledge.com/articles/blognihongo/entry.html?entryid=421


【歌舞伎舞踊・三社祭】
http://enmokudb.kabuki.ne.jp/repertoire/2084




皆さま、健康第一でお過ごし下さいませヾ(´ー`)ノ

ゴレンジャーのように、赤鬼、青鬼以外の他の色の鬼がいるようです。


https://chigai-allguide.com/%e8%b5%a4%e9%ac%bc%e3%81%a8%e9%9d%92%e9%ac%bc%e3%81%a8%e9%bb%84%e9%ac%bc%e3%81%a8%e7%b7%91%e9%ac%bc%e3%81%a8%e9%bb%92%e9%ac%bc/



鬼の字が入った西東三鬼の随筆が面白い! オッサンらしい発想を都合よくお耽美になっているところが好きです(笑) 青空文庫にあった『女靴下の話』短いので全文転載します。「エロスの神の使者」・・・素晴らしすぎるフレーズです♪o((〃∇〃o))((o〃∇〃))o♪ 彼の中にいる鬼は桃色なのかしら?



『女靴下の話』西東三鬼


 人間五十年以上も生きていると、誰でも私の経験したような、奇々怪不可思議な出来事に一度や二度はあうものであろうか。恥を語らねば筋が通らない。話は私の朝帰りから始まる。
 およそ朝帰りなるもの、こんないやな気持のものはない。良心の苛責といつてしまえばそれまでだが、もつと肉体的な、たとえばズボンのうしろに自分だけが尻尾をぶらさげて歩いているような、みじめな気持である。さてその朝帰りの玄関に出迎えたのが、思いきや、十年以上も会わない東京の悪友で、のつけのセリフが「おかえんなさいまし、エヘヘ」であつた。どさくさまぎれの朝酒が夕酒になる頃、初老の悪童のろけていうには、輓近二十二歳の愛人を得て昼夜兼行、多々ますます弁じているが、艶運はともかく、このホルモンは羨ましかろう等々。
 さてその晩の汽車で帰る彼を大阪駅に送り、別杯さめやらぬままにウトウトしながら郊外電車で帰宅した。そしてその翌朝、外套のポケットの煙草がほしいと家人にいうと、煙草の代りに指先にぶらさげて来たのが、何と二、三度用いたナイロンの女靴下。それが膝までの短いやつで、ごていねいに両足そろつている――。
 私は不覚にも狼狽した。そして電光の速さで前々夜のおぼろの記憶をたどつたが、彼女には膝までの靴下を用いる趣味はないはずだ。しかし、万一ということもあるから、おそるおそる電話でおうかがいを立てると「ご冗談でしょ」と受話器の音ガチャン。まさにやぶ蛇である。家人に何と弁解したか、これを読まれる方々のご参考に供したいが、実のところ、ぜんぜん身におぼえのないことだから知らぬ存ぜぬの一点張りであつた。
 その真相は今もつて判らない。多分エロスの神の使者が女に化けて、すでに女体に触れた靴下をひそかに私のポケットにすべり込ませ、少しばかり老人を燃え立たせたのであろう。


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