備忘の果実 〜オスカー戯言日記〜

好きなことを好きな時にチマチマと書いています(⁠๑⁠˙⁠❥⁠˙⁠๑⁠)

【空のお城通信〜オスカー戯言日記〜】(2010.3.17〜2021.10.31 )からタイトルを変更。(2021.11.7〜)

黒田三郎

花春雲便りNo.20:ひとつの椅子 ひとつの席 ひとりの女(ひと)

山梨にある美しい彫刻家具工房の記事を読みました。

https://m-tokuhain.arukikata.co.jp/hokuto/2020/02/post_69.html


椅子の写真を見ながら、黒田三郎さんの詩に「お座り…というようにここにひとつの椅子がある」ってなかったっけ (-ω- ?) と思って、検索したら椅子ではなくて席だった………! 記憶って曖昧でいい加減なものですね(; ̄ー ̄A




『そこにひとつの席が』 黒田 三郎


そこにひとつの席がある
僕の左側に
「お坐り」
いつでもそう言えるように
僕の左側に
いつも空いたままで
ひとつの席がある
 

恋人よ
霧の夜にたった一度だけ
あなたがそこに坐ったことがある
あなたには父があり母があった
あなたにはあなたの属する教会があった
坐ったばかりのあなたを
この世の掟が何と無造作に引立てて行ったことか
 

あなたはこの世で心やさしい娘であり
つつましい信徒でなければならなかった
恋人よ
どんなに多くの者であなたはなければならなかったろう
そのあなたが一夜
掟の網を小鳥のようにくぐり抜けて
僕の左側に坐りに来たのだった

 

一夜のうちに
僕の一生はすぎてしまったのであろうか
ああ その夜以来
昼も夜も僕の左側にいつも空いたままで
ひとつの席がある
僕は徒らに同じ言葉をくりかえすのだ
「お坐り」
そこにひとつの席がある
 





この恋人とは一夜限りで、もう逢えなくなってしまったのでしょうか? 「つつましい信徒」ということは婚前交渉などもちろん許されないでしょうし、親同士がいがみ合ってのロミジュリ状態のふたりだったとか? ← 妄想中(笑)


それとも逢えない時間が長くてもどかしくて、いつも自分の半分が失われているようでさびしくて悲しい、という気持ちなのかしら?


「不幸な恋人たちはいないんだ」であったらいいな……と思いながら、しみじみこの詩を読み返すワタクシなのでした。



  

献春雲便りNo.8:紙ふうせん

お正月を海外で……なんてことは、今生ではないと思うのですが、人様の旅行記を読むのは好きです✈️
こちらはポルトガルでの年越しのお話。街並みが美しい✨

https://m-tokuhain.arukikata.co.jp/hokuto/2020/01/post_66.html



お正月の昔ながらの遊びって見なくなったし、自分でもやらなくなったなぁ、と思いました。ウチの近所にも広い空き地があって、電線もなかったので、冬休み中は凧上げをしている親子の姿がありましたが、今はギッシリ戸建て住宅が……。家の中でも福笑いとか双六とかしないでしょうねぇ(^_^;)


懐かしい玩具といえば、紙ふうせん! 雑誌で見つけて駄菓子屋に売っていたなぁ、と思って買いたくなってしまいましたわ。 黒田三郎の詩も思い出しました。




「紙風船」 黒田三郎



落ちてきたら

今度は

もっと高く

もっともっと高く

何度でも打ち上げよう



美しい

願いごとのように





紙風船、いろんな種類があってビックリしました!

http://www.isonokamifusen.co.jp/03.htm


こちらが国内唯一の紙風船製作元🎈 新潟の会社です。

http://www.isonokamifusen.co.jp/index.htm


さくも便りNo.13:花のベッド

本屋さんで表紙の可愛さに目が行き、タイトルも薄さも値段も私的にはよかったので『花のベッドでひるねして』 (幻冬舎文庫)を買ってきて読みました。多分、はじめてよしもとばななさんの小説を買ったのではないかと。

海辺で拾われた捨て子の幹は、血の繋がらない家族に愛されて育った。祖父が残したB&Bで忙しく働きながら幸せに過ごしていたが、廃墟のビルに明かりが点いてから不穏な出来事が起こり始める。両親の交通事故、夢に出る気味の悪いうさぎ、玄関前に置かれる小石・・・ちょっとミステリーでホラーでファンタジーでスピリチュアルな内容でした。

B&Bはお笑いではなく(もう知らない人の方が多いのかも)ベッド・アンド・ブレックファスト(英: bed and breakfast)の略。『イギリスや北米、アイルランド、ニュージーランド、オーストラリアなど、主に英語圏各国における(多くの場合小規模な)宿泊施設で、宿泊と朝食の提供を料金に含み、比較的低価格で利用できるもののこと。』(Wikipediaより)

幹の祖父が『今のままでいい。うっとりと花のベッドに寝ころんでいるような生き方をするんだ。もちろん人生はきつくたいへんだし様々な苦痛に満ちている。それでも心の底から、だれがなんと言おうと、だれにもわからないやり方でそうするんだ、まるで花のベッドに寝ころんでひるねしているみたいに。いつだってまるで今、そのひるねから生まれたての気分で起きてきたみたいにな。』と話したことがタイトルになっているのですが、親しい人を亡くした後の喪失感、その後の暮らし、心向きなど、共感出来るところはいくつかありました。全部、素直にのみ込んで感動出来るほどpureではないおやぢなワタクシですが、一部を切り取り、上手くまとめて絵本にしたらステキかも、と思いました。

主人公の名前は作家・立原正秋の娘さんの名前からだそうです。かなり溺愛していたようですね。ばななさんも父上を亡くされ、その哀しみがいたるところにあらわれている気がしました。

読みながら、思い出した詩があります。


『ある日ある時』   黒田 三郎


秋の空が青く美しいという
ただそれだけで
何かしらいいことがありそうな気がする
そんなときはないか

空高く噴き上げては
むなしく地に落ちる噴水の水も
わびしく梢をはなれる一枚の落葉さえ
何かしら喜びに踊っているように見える
そんなときが


生きるときめき、生きるよろこび、素直に感じられる人間でいたいものです。

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