備忘の果実 〜オスカー戯言日記〜

好きなことを好きな時にチマチマと書いています☘️

2017年04月

仕事の休みが続いたので、本屋さんに行っていろいろ立ち読みしたり、本を買ったり読んだりしてきました。だから最近は本からの話が多くなっなっていますが、今日もです!



『幼子に 帰りし妻の 手をとりて 今も変わらじ 若き日のぬくもり』


いつから「老老介護」という言葉が使われるようになったのでしょうか・・・『八重子のハミング』(陽信孝)という、映画にもなった本を読みました。



思いもよらなかった夫婦の同時発病。夫は胃がんが発見され摘出手術。その直後、妻にアルツハイマー病の兆候が見え始めた―。その後、夫は三度のがん手術から生還する一方で、妻の症状には改善の兆しが見られなかった。自らも迫り来る死の影に怯むことなく闘病、そして献身的に妻の介護を重ねる日々…。“三十一文字のラブレター”短歌約八十首を詠み、綴った、四千日余に及んだ老老介護の軌跡。「現代の智恵子抄」とも評された話題の単行本、待望の文庫化。二〇〇二年末に他界した愛妻を偲んだ「終章」を補記。(文庫裏表紙より)




文章はとても読みやすいです。最初にぎゅっ!と手を握って歩くふたりのモノクロの写真があります。途中『智恵子抄』の一部が抜粋され、奧さまと智恵子を重ねている場面も。奧さまは次女・三女の結婚の時には症状が進んでいて、本当なら女同士でいろんな話をしたり、相談にのってもらったり、きちんと挨拶をしてお嫁入りなのに、せつないなぁと思いました。

全体に奧さまへの愛があふれていて、それゆえに一緒に死んでしまおうと思ったり…。姑さんも徘徊を繰り返し、迷子になり近所の人が見つけてグレたら時に優しく声をかけてくれます。

「まあ、八重子さんごめんね。怪我はなかったかね。信孝がいないのはわかっていたのに、気がつかなくて、私が悪かったね」

そう言って肩を抱くようにして家の中に導いたそうです。そのお母さんも八重子さんを見送った2年後に亡くなります。近所の方々の協力、姑のやさしさ、娘婿のやさしさ、孫たちのやさしさ。親がよく言い聞かせているのでしょう、小さいのに本当にいい子たちです。


『妻の介護をしてきたことで私が強く心に感じるのは、「優しさ」と「怒り」の限界についてである。人間、怒りには限界があっても、優しさには限界がないということだ。優しさは、後から後から涌き出てくる泉のごときもので、人間が持つ肉体のすべてから醸し出されるものではないだろうか。』


『それに紙おむつをしていればそれでいいというものでもない。おむつをあてて事足れりとするのは「介護」ではなく、おむつを汚さないよう、トイレに連れていって用を足せるよう心を配るのが本物の「介護」である。』




八重子さんが息を引き取った後の場面は辛いです。だって普段と変わらずにいたのに、ほんの30分ほど洗濯物を干したりしていただけなのに、なぜ別れは突然やって来てしまうのか。

解説は母親の介護経験がある落合恵子さん。長田弘さんの『イツカ、向コウデ』という詩についてふれていたので、検索してみました。

今回の記事の締めくくりに…。





『イツカ、向コウデ』   長田 弘


人生は長いと、ずっと思っていた。
間違っていた。おどろくほど短かった。
きみは、そのことに気づいていたか?

なせばなると、ずっと思っていた。
間違っていた。なしとげたものなんかない。
きみは、そのことに気づいていたか?

わかってくれるはずと、思っていた。
間違っていた。誰も何もわかってくれない。
きみは、そのことに気づいていたか?

ほんとうは、新しい定義が必要だったのだ。
生きること、楽しむこと、そして歳をとることの。
きみは、そのことに気づいていたか?

まっすぐに生きるべきだと、思っていた。
間違っていた。ひとは曲がった木のように生きる。
きみは、そのことに気づいていたか?

サヨナラ、友ヨ、イツカ、向コウデ会オウ。




【八重子のハミング】
https://www.kinokuniya.co.jp/f/dsg-01-9784094080414?bm=9784094080414




読売新聞の日曜版(4/16)に正やんの『海岸通』の歌詞が・・・1975年、ああ、もうそんな昔なのかぁ~としみじみしてしまいました。


さてさて、ちくま文庫には漫画文庫みたいなのもあり、今回の記事タイトル『虫けら様』も漫画です。表紙がかわいくて本屋さんに行くたびに気になっていたのですが、思いきって購入しました!虫 が特別好き!というわけではないのですが(^o^;)



内容(「BOOK」データベースより)
細密にしてユーモア溢れるタッチで描かれたアリ、ミツバチ、クモ、セミetc.の世界。奇妙でかわいい昆虫たちの生態が、絵巻物やお伽草子といった日本古来の想像力にのせてのびのびとファンタジックに展開される。小さきものたちへの愛にあふれ、思わず身のまわりに目をとめたくなる昆虫漫画の金字塔にして、虫絵本の分野でも活躍する著者の原点が待望の文庫化。

https://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480432926/


文庫サイズなので、大きくないし、老眼なのであまりハッキリクッキリ見えないのがいいのか(笑)いやいや、繊細なペン画で虫の生態とかユーモラスに描かれているので、あの『はらぺこあおむし』より私には目に優しかったです!


虫の漢字(あの虫はこんなに字を書くのかとか)や採集に必要な道具とか、虫の図柄の記念切手や、同じく虫の意匠の刀の鍔(つば)を集めて描いた扉絵があって、記念切手と鐔は父が集めていたので(鍔は高いから手元にあるものは少ないですが、カタログとか好きでよく見ていました)懐かしくなりました。刀の装飾品って繊細で、またうまくデザインされていて、職人さんの美意識や技術に脱帽です。



父は趣味がわかりやすいというか、絵画や陶芸、記念切手やコインとか、子どもでもキレイ!オモシロイ!と思うものを集めていたので、亡くなった後も「こういうの好きだったよなぁ」といろいろ思い出すことが多いのですが、母に関しては何が好きだったのか、私、知らない・・・となってしまうのです。


高校を卒業して実家を離れ、結婚してから子どもが小学生くらいまでは夏休みに帰ったりしていたのですが、親が還暦を過ぎて段々老いていくその時期は、自分もいろんなことで。いっぱいいっぱいになっていて、ぶっちゃけ田舎に帰るお金を捻出するのも(すみません、私の金銭感覚・管理がダメダメでした)新宿まで行くのがキツいというような、何とも言えない自分勝手な理由でありました。それに田舎はどんどん世の中の動きから取り残されていくようで、まわりは寂れる一方で、帰って何をするんだ?みたいな気持ちもありました。特に誰に会いたい、というのもなかったし(友だちがいない~!)もともと近所付き合いとかウザいと思っていた子どもだったので、よけいに。


両親が80歳近くなってからは、会話が噛み合わない(言葉がなかなか出てこない)ことが多くなって、まだまだテンポよく話ができたあの時に、いろんなことをきいたりしたらよかったなぁ・・・と今は思います。



毎日の何気ない出来事の中に、田舎でのことを思い出します。思い出すたびに親は若返り、自分は子どもに戻っていくような気がします。 皆さん、親孝行は思い立った時がチャンスです~今のうちにたくさん話してたくさん出掛けましょう!



春の嵐になっています。どうぞお気をつけ下さいませ。


千早茜さんの『男ともだち』という本の中に出てきた『三びきのやぎのがらがらどん』が気になり、読みたいなぁ~と思っていました。本屋さんに行った時に絵本コーナーを見たら、アラ!ちょうど目線の先にあるじゃあないですか~店員さんも千早さんの本を読んだのか?と思ってしまいました(笑)


ちなみにこの小説の主人公も同棲中の彼氏がいて不倫中で男ともだちもいる、という29歳です。イラストの仕事をしているので、比較的時間は自由になるので遊べるって感じ? 〆切に追われると大変ですが。


「女が男の友達になる順序は決まっている。まずはじめが親友、それから恋人、そして最後にやっとただの友達になるというわけだ。(チェーホフ)」の展開になるのかと思ったら、それはなかったです。恋愛物というより女性の自立を描いているような気がしました。


話を絵本にもどしますね(^_^;)


大きさの違う3匹のやぎがいます。名前はみんな「がらがらどん」(笑) ある日、3匹は草を食べて太ろうと山へ向いますが、途中で渡る橋の下には「トロル」が住んでいて、やぎを食べる気満々です!


それなのにやぎたちは「関係ないね!」とばかりに悠然と、むしろ楽しげに橋を渡っていきます。1番目の小さいやぎは「かた こと」と、2番目の中くらいのやぎは「がた ごと」と、そして3番目の大きいやぎは「がたん、ごとん」と橋を渡っていきます。身体が大きくなるに連れて目つきも悪くなるのが、なんとも言えない迫力があります。もし動物の眼球を移植しなくてはいけない事態になったら(どんな場合だよ!)「神さま、お願いです! ヤギではなくウマの目にして下さい!」と叫んでしまうくらい、やさぐれた鋭い眼光!(笑) 埴輪の目にあのヤギの目を嵌め込んだら・・・とか帰り道、へんなことばかり考えてしまいましたわ。


トロルは小さいヤギ、中くらいのヤギにも後から来るヤギがもっと大きいよ、と言われて待ちます。トロル、弱い・・・というか、大きいヤギのがらがらどん、怖いわ! 「大男総身に知恵が回りかね」動物諺を思い出しました。



ノルウェーの昔話らしいですが、森林の雰囲気が北欧ってこんな感じなんだろうな、と納得してしまうタッチです。最後に草をいっぱい食べて満足、満足と寝ころぶ三びきのやぎのがらがらどんに、野生の動物の生きていくたくましさを感じました。




こちらの記事で迫力ある絵をご覧下さいませ。

http://trackback.blogsys.jp/livedoor/osaburin/4716948



『ハーモニィclassic 世界のガールズ文学コレクション』という漫画雑誌がありました。「自負と偏見」「青い城」「嵐が丘」の三作品を漫画化したもの。どれも読んだことがないので、興味はあったのだけれど、絵柄が気に入らなくて・・・小説の棚に行き、モンゴメリの「青い城」が一番薄くて読みやすそうに思えたのて買ってきました。訳した方が同郷の人でちょっと縁を感じて嬉しかったりして(*´ω`*)


私「赤毛のアン」も読んだことがないのです。小学5年生くらいの時に、同級生のおねーさんが読書家で貸してくれたのですが、ごめんなさい、読んだふりして返しました・・・! 一度ちゃんと読まなくては、と思っている作品のひとつですわ。



『花過ぎや北極熊が空仰ぐ』(阿部青女)


「花過ぎ」とはそのまんま、花の盛りが過ぎたこと。春の季語です。ただ「花」というと俳句では「桜」を指すようです。昔の花見は梅だった説からすると、この花も梅じゃないかという話もあるようですが、花は桜木でありましょう! はらはら舞いおちる花びらと青空を不思議そうに眺めている、北極熊を想像するとメルヘンです~!


「花過ぎ」で検索していたら『花過ぎ 井上靖覚え書』(白神喜美子/紅書房・絶版)という文字が。なんと!井上靖の元愛人による暴露本というじゃあありませんか~! Σ ゚Д゚≡( /)/エェッ!

白神喜美子は16年(昭和20年から36年)まで愛人だったらしい。井上靖は38歳のとき白神喜美子を愛人として、54歳のときに手切れ金(当時の200万)を払い捨てた!愛人にした当時の井上靖は無名の新聞記者で、妻子(子どもは3人)あり。貴美子は雑誌記者だったらしい。

う~ん、井上靖って病弱なお坊っちゃんのイメージだったので、愛人をつくるというのが(-ω- ?)でビックリです。というか、川端康成とごちゃまぜになっているかも・・・。本の中には他にも愛人がいたことが書かれているよう。年上のエキセントリックな感性と才気を持った、恵まれた環境の人妻・T夫人。このT夫人から贈られた短歌を井上靖は小説「猟銃」で使用したという・・・「猟銃」読まないと!(笑)


10年経ったら君のことを書くと言ったのに、書かないまま亡くなったので、彼の死から2年後に書いたらしいです。恨みというより、井上靖の作品の裏に何があったかを知って欲しかったのかも。絶版だけど、中古本であるかな~ちょっと興味が出てきました。


直木賞と本屋大賞ダブル受賞の恩田陸さんの『蜂蜜と遠雷』来月には登場する曲を収録したエッセイ付きCD2枚組が発売されるとか。漫画『ピアノの森』でショパンコンクールの様子などドキュメンタリーしながら読んでいましたが、本で音楽を読む、しかも長編! 私は文庫になってからだなぁ。音楽関係の本では『シューマンの指』を読んだけれど、イマイチ私好みではなく、よくわからなかった、という記憶しかない(;゜゜)



クラシック音楽というと、小学生の頃、おそらく何かに影響されて(踊らされて?)シューベルトのに『未完成交響曲』のLP(笑)を買ったことがあります。そのLPが一部欠けていたので、交換してもらおうと、祖父と買ったお店に行ったのですが「そっちの不注意で割ったんじゃないの~?」みたいな店主の態度に小心者だった(過去形)ワタクシは泣きそうだったので、祖父がいてくれてよかったです。欠けたカケラも入っていなくて、出荷段階で不良品だったのだと思います。

www2.biglobe.ne.jp/~endoy/ONGAKU94.html




さてさて、蜂蜜と言いますと、東京で生後4カ月ごろから、市販のジュースに蜂蜜を混ぜて1日2回、約10グラム与えられていた男児が、ボツリヌス菌が原因の「乳児ボツリヌス症」と診断され、3月末に亡くなったというニュースがありましたね。これまで複数の発症例が報告されているが、記録が残る1986年以降、同症による死亡は初めてだとか。私は『美味しんぼ』で赤ちゃんに蜂蜜入りのパン粥を食べさせる話があった時に「赤ちゃん仁左衛門蜂蜜は危険」という抗議がたくさんあって、その後お詫びも載ったりしていたので、みんな知っていることだと思っていましたが、結構前の話題だし、お手軽に栄養が、と考えたんですかね? 男児にはかわいそうなことになりましたが、同じことがおこりませんように。



「口蜜腹剣」という四字熟語がありました。読み方 は「こうみつふくけん」。心地よい言葉をかけながら、心の中には悪意が満ちていることを言います。「口蜜」は甘い言葉、丁寧な言葉のこと。「腹剣」は腹の中に剣があるという意味から、心に悪意があることのたとえ。一見丁寧で親切に見えるが、邪な心を持っている人のことをいうそうです。中国の唐の時代の宰相、李林甫の計算高い狡賢さを評した言葉で「口に蜜有り腹に剣有り」の略。


字面だけ見て、ベッドでお戯れ中に美女に殺される、オッサンを連想して私って・・・記事タイトルにエロさを感じた方がいたら、お仲間ですね( 〃▽〃)←良い子は深く考えないように(笑)

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