2010年09月13日

第261号:乃木さんのこと

今日は『乃木大将の日』、1912(大正元)年、乃木希典大将が明治天皇の大喪の日に夫人とともに殉死した日にあたります。


自宅のあった地に、乃木大将を祀った乃木神社が建てられて、一部の人々にはパワースポットなどと言われているようです。


乃木さんは、明治天皇からの信望が厚く、明治天皇が後継者と期待していた迪宮裕仁親王(後の昭和天皇)の教育係として学習院院長に命じられます。


私は、何かの小説でこのことを知り、「ほぉ~」と思った記憶があります。乃木さんと昭和天皇が同時代に存在したという感覚が持てなかったんでしょうね。日露戦争は、太平洋戦争に比べてすごい昔の感覚だったと思います。


幼親王も乃木さんを慕っていたようですし、乃木さんも聡明な親王に陽明学を勧めたり…遺された逸話や昭和天皇の話などを聞きますと、良い先生だったのでしょうね。殉死の数日前には、乃木さんが自ら写本した山鹿素行の『中朝事実』と『中興鑑言』を渡し、この本がいかに素晴らしいかを説き、熟読するよう念押ししたそうです。当時、弱冠10歳の親王は、乃木さんのただならぬ気配に「これは遺言だ」と気付き、思わず「閣下はどこかに行ってしまわれるのですか?」と聞いたそうです(ToT)


私にとって乃木さんは、映画『二百三高地』の中代達矢さんのイメージです。日露戦争後、明治天皇の御前でおそらく報告書を読み上げていた場面だと思いますが、途中から涙で言葉につまる乃木さん。その様子を見て、かたわらにいき、いたわるように肩に手を置いた明治天皇役の三船敏郎。この場面では、もう~ただただ涙、涙…でありました。


軍人とはいえ、一般人が神格化され、神社があるのはすごいことですね。判官びいきのところもあるのかもしれませんが…。また『殉死』を探してみようかと思いました。合掌。





rohengram799 at 02:00コメント(0)わたしにできること | 映画 

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