2016年10月09日

徳雲便りNo.6:100年前の女の子

編集者である船曳由美さんの母上の人生を綴った『100年前の女の子』を読みました。


明治42年、上州のからっ風が吹く小さな村に、雷鳴とともに生まれたテイはカミナリさまの申し子と言われます。顔は男の子のようでかわいさはちょっと不足気味……そして強情。小言を言われても歯をくいしばり、涙をいっぱいためて上目遣いで見るような子どもです。生まれついてのものもあるかもしれませんが、生い立ちがさらにそれを鍛え上げたのでしょう。


テイの母親は姑ヤスと小姑があまりになんでも出来る人だったので「自分はダメな人間だ」と自信をなくしたのか、里帰り出産後になんと!赤ん坊だけを寺崎家に送り届けて、自分はそのまま実家に……おいおい、あなたは母親でしょ!とビックリ!特に意地悪されたわけでもなさそうなのに……(ーー;) その後、あちこちに預けられたり養子に出されたり……と苦労がありましたが、数えで7才の時に寺崎家に戻ることが出来ました。


5月の茶摘み、井戸替え(井戸の底をさらう)、田植え、絹織物用の蚕の世話、学校帰りに友達とイナゴを取って持ち帰り、それを炒めて味付けしてみんなで食べたり。田んぼの草取りもして、お盆さんがやってきて、お月見にお彼岸、栗の山分け、十日夜(トオカンヤ:子供たちが親に作ってもらった藁鉄砲で村中の家の庭先を叩くと、その勢いで大根が土の上から青首を出すので抜くのが楽になると言われている)、稲刈りにコウシン様(無事稲刈りが終わりました、これで年を越せますと感謝しながら新米を食べたり宴会をする)、家のすす払いと餅つき。家中の神様に鏡餅をお供えして、お正月の準備(門松・しめ縄作り、祝箸も作る)、初風呂、ぼんぼ焼き(お正月様が山に帰る日。正月飾りを燃やす。ウチの田舎はどんどん焼きと言ってました)、お嫁さんたちの里帰り、節分、初午(馬は人間よりも神様に近い動物と言われた。この日は馬を飾りたて馬の無事息災とその年の五穀豊穣を祈願する)、雛の節句、草餅作り、お花見……ああ、日本人はこうやって神様に、自然に感謝して生きてきたんだなぁ、と思える場面がたくさん! 今は簡略化されて、なんのための行事かわからなくなっているようなものも、そうだったのか!と納得したり……。


またヤスばあさんがテイに言い聞かせる話も「そうだよ、昔はお金持ちとそうでない人の差がはっきりしていたけれど、エライ人はエライなりに気遣いや思いやりがあった」と読みながら思いました。


……物ごいのことは「お乞食さま」と「お」のうえにさらに「さま」を付けて呼ばれた。何か理由があって神さまが身をやつして村をたずねているのかもしれない、どんなに汚い身なりをしている者でもバカにしてはいけない、そうヤスばあさんは教える。……


……栗が実るとみんなで拾って大釜で茹で上げる。その栗をおばあさんが家族の人数分の山にわけ、じゃんけんで勝ったものから好きな山を選んでいく。後妻のイワかあさんが子ども思いで(3人の妹が出来ました)自分の分を少しやろうとすると、ヤスばあさんはだめだと遮る。おとなも子どもも、女も男も同じ量の栗をもらって楽しむのが栗わけの意味なのだ、だから自分で食べなさい。……



後半はテイが女学校に進み、東京に出てからの話になります。文庫には足利高等女学校の制服姿(袴になぜかベルト!)のテイや家族写真(妹たちもかわいい! ヤスとイワの写真もある)また新渡戸稲造校長の女子経済専門学校での写真や、イケメンなダンナさまとの結婚時の写真もあります。テイは強くたくましくまた賢い女性だったなぁと思いました。解説は『小さいおうち』の中島京子さんです。



本当にどの文章も抜粋したいものばかり……出来上がったお餅をお供えする場面で「神様には、日本古来の神様と渡来の神様とあって、海の向こうから来たえびす様とかだるま様のは小さいおもちだ。そんなこと、誰が決めたのであろうか……。」とか、たくさんお餅をついたけれどいろんな神様にお供えするので人間の分がなくなるのではと心配したり(笑) また神様だけでなく「鍬や鉈や鎌などの農具にももちろん供える。」のです。ピカピカに磨きあげられて、刃先を上にして並べられた父親の、母親の、祖母の、男衆たちのそれぞれの道具たち。「西側の板壁のすき間からさしこむ夕日に刃先が銀色に光り、納屋は物音ひとつせず、鍬や鉈は静かに眠っているように見える。テイにはどんな神様よりもいちばんありがたく思えて、農具の前で深々と頭を下げたものだった。」……この文章を読んだ時に、第520号:私の心はヴァイオリンで書きましたが、千住真理子さんの過去のヴァイオリンたちに「長いこと、ご苦労様でした。ほんとうにありがとうございました」と、両手を膝について、深々と頭を下げた、兄の博さんを思い出しました。


今の子どもたちには、この本に描かれている田舎の風景や人付き合いなどの雰囲気が伝わらないかもしれません。でもなんとなく、知らないけれどなんか懐かしい気持ちになれるものがあるんじゃないかなと思います。心の豊かさというのかな。


残念ながら、テイさんは101歳で亡くなってしまいました。最期まで産みの母親を求めていたテイさん……それはとても切ないことですが、本を通してテイさんに出逢えたことに感謝です。本を教えて下さった、のざわ様、ありがとうございます!


【100年前の女の子】
https://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784167906634



rohengram799 at 01:16コメント(11) | 空のお城図書館  

コメント一欄

1. Posted by のざわ   2016年10月09日 05:59
オスカーさん、おはようございます。『百年前の女の子』の感想文として完璧でした!私はそそっかしく読んだ程度でしたが、微に入り細に渡って、この本のエッセンスが記されています。昔の田舎の伝統的な行事を本文から抜き出して紹介してくださったことで、オスカーさんのブログの愛読者の方々にも伝わることでしょう。テイさんという、母を早くに亡くした一人の女の子の人生を丹念に聞き取りによって再現した娘の傑作ですね!
2. Posted by のざわ   2016年10月09日 06:14
オスカーさん、間違いを訂正します。母を早くに亡くしたでなく、母と早くに離別したです。
3. Posted by 猫ムスメ   2016年10月09日 10:05
どの行事も子供の頃、祖父母の家でやっていたことばかり。当時の田舎では脈々と受け継がれていたんですよね😢
でも祖父母が亡くなった今は誰もやりません。日本中で同じことが起きていると思うと残念です…

ちなみにうちの田舎も「どんどん焼き」でした。「どんどん焼き14日~猿のケツは真っ赤っか♪」という謎の歌を歌いながら燃やしました(笑)。
4. Posted by オスカー   2016年10月09日 14:23
§のざわ様
今は高校まで義務教育みたいになっていますが、勉強したくても出来ない、働け、働けの時代がありましたね。特に女性には辛苦の時代だったと思います。「3H」の教えもよかったです。書きたいことがたくさんあって困ってしまう一冊、抜粋して夏休みの課題図書にしてもいいんじゃないかと思いました!
5. Posted by オスカー   2016年10月09日 14:27
§猫ムスメ様
この本にも季節季節のご馳走がたくさん書かれていて、読みながらつきたてのお餅が食べたい!と思いました。今は気候もかなり変わって、風情が感じられなくなりましたが、そこに込められた思いは継承していきたいですね。どんどん焼きの歌、初めて聞きました~ワクワク感に溢れていて、私も当時を思い出しました!
6. Posted by ミューちゃん   2016年10月09日 16:47
5 オスカーさん、こんにちは
100年前のものって写真ぐらいしか残ってる物は無いと思うのですが、その写真も家族写真が多いと思うんですよね。100年前は、まだ戦前ですから、生きるか死ぬかの毎日をまだ過ごしてない時代だと思います。生活面に関しては見習わないといけないですね。物が溢れ返ってる今の世の中が良いのかと言われたら決して、そうでもないですからね
7. Posted by オスカー   2016年10月09日 22:16
§ミューちゃん様
100年…自分がそんな歳まで生きられるのか考えてしまいますが、テイさんと同じ時代を生きたとしてもこんなに前向きにはならなかっただろうなと思います。ひがみっぽい、働きもしない子どもだったと思いますわ。今は「ごぜさん」とか知らない若い人もたくさんいるでしょう。風土記のような趣もある一冊でした。
8. Posted by まろゆーろ   2016年10月10日 00:15
こんばんは。
明治42年生まれですか。僕の祖母と同じ年の生まれです。そして今日はその祖母が亡くなってちょうど20年にあたる日でした。なんだか不思議な気持ちです。

しかし昔のさまざまな行事にはしっかりと謂れがあり、そしてそれを美しく守り継いでいたのですが、最近はなんでも簡素化して何が何だかミソクソになっていますね。

>テイに言い聞かせる話も「そうだよ、昔はお金持ちとそうでない人の差がはっきりしていたけれど、エライ人はエライなりに気遣いや思いやりがあった」と読みながら思いました。

その通りだと思います。そして最近は偉くもないのに偉そぶってる人の多さ。質なのに。
9. Posted by オスカー   2016年10月10日 09:49
§まろゆーろ様
おばあ様の命日、美しい秋の時期に旅立たれたのですね。 ひとつひとつの行事、地域により多少の違いはあると思うのですが、お盆さんにお墓まで仏さまをみんなで迎えにいき、おんぶして家に戻る場面とか、その情景があざやかにうかんで、まるで自分が体験した出来事のように感じられました。これからも何か行事があるたびにこの本に描かれたことを思い出して、大切さを噛み締めることになるでしょう。
10. Posted by 見張り員   2016年10月10日 22:42
こんばんは
テイさんは私の祖母より二つ上ですが考えていることはほとんど同じようなものでしたね。
日本という国は実りを大事にし、物事にけじめをつけ、先祖を敬い、家族を愛し、人にやさしい民族の国だと思っています。
かつての日本人の暮らしにはそれがありました。それはこのご本にしっかり書いてあることでしょう。
季節の行事にはすべて意味がある…今のように祝祭日を勝手に動かしてはその意味も損なわれるというものです。
素晴らしい本のご紹介をありがとうございます!
11. Posted by オスカー   2016年10月11日 19:27
§見張り員さま
これからの季節はぎんなん拾いの話を思い出でしょう。ハロウィンだのクリスマスだの…これはこれで楽しいでしょうが、この起源もたぶんわからずに騒いでいますよね(--;) 知っていて行事に参加するとまた意味合いが違って子どもたちにたくさんのことを伝えられるのではないかと思います。学びは一生、あちこちに教材がありますね!

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