2017年05月22日

起雲便りNo.19:それでいいのだ!

『朝、床屋で』   安西 均

春めいてきた朝。
理髪店の椅子に仰向けになり、
顔を剃(あた)ってもらっている。

ラジオは電話による身の上相談の時刻。
どこにもありそうな家庭のいざこざ。
だが、どこにも逃げ場がない、と
思いこんで迷っている、涙声の女。

つい貰い涙がこぼれそうになるのを、
唾をのみこんでこらえているが、駄目だ。

こめかみを伝って、耳の孔に
流れこもうとするのを、自分では拭へない。
すると、剃刀を休めたあるじが、
タオルの端でそっと拭いてくれた。
何だか失禁の始末でもしてもらった気分だ。

椅子ごと起こされると、鏡の中から
つるんとした陶器製の顔が、
わたしを見つめている。

ーーーいいんだ、それでいいんだ。
そう言っているような澄まし顔だ。

何がいいのか、よく分からない。





安西均(あんざい ひとし、1919年3月15日 - 1994年2月8日)さんは、福岡県生まれの詩人で、1943年朝日新聞社入社。勤務しながら現代詩壇にて活躍された方だそうです。


『朝,床屋で』 の作品は 詩人・安西均が1993年に刊行された詩集『指を洗う』 に収録された作品。



朝から床屋に・・・ということは、もう定年されている方なのかな、とこの人物について考えます。ラジオの身の上相談にもらい泣き、年齢とともに涙もろくなってしまったのでしょうか、床屋さんの対応が素晴らしいです。床屋さんは男性か女性か・・・私はこの方に子どもさんがいたら、同世代くらいの男性かなと思いました。


何がいいのか、よくわからない・・・だいたい毎日の暮らしってそんなもの、と考えるのは私だけかしら? なんとなくよくわからなくても、自分を肯定したい時ってあるし・・・。



「人生、それでいいのだ !」




rohengram799 at 23:52コメント(10) 

コメント一覧

1. Posted by なう60   2017年05月23日 08:53
おはようございます。
「何がいいのか、よくわからない・・・だいたい毎日の暮らしってそんなもの」から下記を連想、
「山路(やまみち)を登りながら、こう考えた。 智(ち)に働けば角(かど)が立つ。情(じょう)に棹(さお)させば流される。意地を通(とお)せば窮屈(きゅうくつ)だ。とかくに人の世は住みにくい。」
2. Posted by オスカー   2017年05月23日 09:19
なう60様
漱石の『草枕』ですね。うんうん、となってしまいます。「草枕温泉」があるのを知ったので、のんびり温泉&読書の毎日を過ごしたくなりました(;´∀`)
3. Posted by 猫ムスメ   2017年05月23日 13:28
とてもいい詩ですね。
私もリタイアした初老の男性を想像します(^_^)

「なにがいいのかわからない」…後を引く締めくくりですね。何がいいのかわからない、人はそうして老い・死んでゆくのでしょう。
4. Posted by ミューちゃん   2017年05月23日 16:54
5 オスカーさん、こんにちは
美容院じゃなく床屋さんって云うところがまた良いですね💈ラジオからの身の上相談…て聞くと僕はAMのラジオで朝と言っても昼が近い、午前11時ぐらいだと僕は思います。もっと具体的に言うと、この人物は「テレフォン人生相談」を聴いてるんじゃないかと想像してしまいます(笑)
5. Posted by のざわ   2017年05月23日 20:33
オスカーさん、いい詩ですね。男性も年齢とともに涙腺が弱くなるようです。髭剃りが終わって陶器製の顔を見つめたとき、自分の人生を肯定している主人公の思いが深いなと思います。失禁を処理してもらったようなばつの悪さでしたが、床屋さんはもしかしたら、そういうことに慣れているかも。何事もなかったように拭いてくれた行為がさわやかでした。
6. Posted by オスカー   2017年05月23日 22:19
猫ムスメ様
特別難しい言葉が並んでいるわけではないのに、哲学的というか、うーん、となりますよね。床屋さんの店の様子が映像で浮かんでくるようです。
7. Posted by オスカー   2017年05月23日 22:22
ミューちゃん様
床屋さんも開店は9時とか10時でしょうから、案外お昼に近い時間帯かもしれないですね。朝という表現によりさわやかな感じがして、余計に身の上話がもの悲しく耳に入ってきたのかも。
8. Posted by オスカー   2017年05月23日 22:26
のざわ様
床屋さんも毎回ラジオの相談ごとを聴いていて、胸がしめつけられるようなことがあったのかもしれないですね。だからお客さんの涙にもやさしく対応できたのかも。
9. Posted by 見張り員   2017年05月23日 22:40
こんばんは
うんうんそうだよね、と思わず言ってしまいたくなる詩ですね。
涙腺がすぐ緩むと年を取った証拠だとは言いますが私は感受性が強いんだよといいたいですね。
それにしても床屋さんのさりげない所作が素敵で泣ける~~~~!!
10. Posted by オスカー   2017年05月23日 23:51
見張り員様
今までの経験がなにげない話題や出来事の中にある悲しさや寂しさを敏感に察知して、涙もろくなるのではないかと・・・この床屋さんみたいにさりげなく相手の気持ちを受け止められる人間になりたいです~!

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