中島京子
2019年02月04日
令月雲便りNo.7:月曜日はドラマチック d( ゚ε゚;)
今テレビで『タクシードライバーの事件簿』というドラマを放送しているのだけれど、『タクシードライバーの推理日誌』とはまた違うのね、渡瀬恒彦がやっていたのと。なんだかややこしくてまぎらわしい。いろんな局に浅見光彦がいるのと同じようだわ。
https://www.tbs.co.jp/getsuyou-meisaku/20190204/
話の内容がどこかで聞いたらことがあるような、と思ったらやはり『思い出探偵』の中にあった「鶴を折る女」が原作だった。このシリーズはずっとこれを原作にして続けるつもりなのかしらん? 『思い出探偵』を読んだ時の記事はコチラ です。
http://blog.livedoor.jp/rohengram799/archives/50719094.html
さてさて、以前コチラの記事に書いていた中島京子さんの『長いお別れ』を読み終わりました。
http://rohengram799.livedoor.blog/archives/50765575.html
↑コレを書いたのは約3年前、だいぶ感性が鈍ってきたような気がします。淡々と書かれているけれど、ここには10年の時間の積み重ねがあり、それぞれの生活があって……ということを考えると、それほど厚くない1冊の中にスゴい凝縮した時間が詰め込まれているわけで……。ユーモアもあり、重苦しくて先が読めない!という雰囲気がない分、それが怖いというか……。昨晩遅くに読み終わったので、なかなか寝付かれなかったです。
最後にもうひとつ、全然知らなくてビックリしたPR動画! こんなのを作っていたとは……ランキングは正直アテにならないと思う。車がない人は高い電車代を払わなければどこにも行けません(ノ´Д`)ノ
https://search.yahoo.co.jp/amp/nlab.itmedia.co.jp/nl/amp/1811/16/news083.html%3Fusqp%3Dmq331AQECAEoAQ%253D%253D
https://www.tbs.co.jp/getsuyou-meisaku/20190204/
話の内容がどこかで聞いたらことがあるような、と思ったらやはり『思い出探偵』の中にあった「鶴を折る女」が原作だった。このシリーズはずっとこれを原作にして続けるつもりなのかしらん? 『思い出探偵』を読んだ時の記事はコチラ です。
http://blog.livedoor.jp/rohengram799/archives/50719094.html
さてさて、以前コチラの記事に書いていた中島京子さんの『長いお別れ』を読み終わりました。
http://rohengram799.livedoor.blog/archives/50765575.html
↑コレを書いたのは約3年前、だいぶ感性が鈍ってきたような気がします。淡々と書かれているけれど、ここには10年の時間の積み重ねがあり、それぞれの生活があって……ということを考えると、それほど厚くない1冊の中にスゴい凝縮した時間が詰め込まれているわけで……。ユーモアもあり、重苦しくて先が読めない!という雰囲気がない分、それが怖いというか……。昨晩遅くに読み終わったので、なかなか寝付かれなかったです。
最後にもうひとつ、全然知らなくてビックリしたPR動画! こんなのを作っていたとは……ランキングは正直アテにならないと思う。車がない人は高い電車代を払わなければどこにも行けません(ノ´Д`)ノ
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2016年10月09日
徳雲便りNo.6:100年前の女の子
編集者である船曳由美さんの母上の人生を綴った『100年前の女の子』を読みました。
明治42年、上州のからっ風が吹く小さな村に、雷鳴とともに生まれたテイはカミナリさまの申し子と言われます。顔は男の子のようでかわいさはちょっと不足気味……そして強情。小言を言われても歯をくいしばり、涙をいっぱいためて上目遣いで見るような子どもです。生まれついてのものもあるかもしれませんが、生い立ちがさらにそれを鍛え上げたのでしょう。
テイの母親は姑ヤスと小姑があまりになんでも出来る人だったので「自分はダメな人間だ」と自信をなくしたのか、里帰り出産後になんと!赤ん坊だけを寺崎家に送り届けて、自分はそのまま実家に……おいおい、あなたは母親でしょ!とビックリ!特に意地悪されたわけでもなさそうなのに……(ーー;) その後、あちこちに預けられたり養子に出されたり……と苦労がありましたが、数えで7才の時に寺崎家に戻ることが出来ました。
5月の茶摘み、井戸替え(井戸の底をさらう)、田植え、絹織物用の蚕の世話、学校帰りに友達とイナゴを取って持ち帰り、それを炒めて味付けしてみんなで食べたり。田んぼの草取りもして、お盆さんがやってきて、お月見にお彼岸、栗の山分け、十日夜(トオカンヤ:子供たちが親に作ってもらった藁鉄砲で村中の家の庭先を叩くと、その勢いで大根が土の上から青首を出すので抜くのが楽になると言われている)、稲刈りにコウシン様(無事稲刈りが終わりました、これで年を越せますと感謝しながら新米を食べたり宴会をする)、家のすす払いと餅つき。家中の神様に鏡餅をお供えして、お正月の準備(門松・しめ縄作り、祝箸も作る)、初風呂、ぼんぼ焼き(お正月様が山に帰る日。正月飾りを燃やす。ウチの田舎はどんどん焼きと言ってました)、お嫁さんたちの里帰り、節分、初午(馬は人間よりも神様に近い動物と言われた。この日は馬を飾りたて馬の無事息災とその年の五穀豊穣を祈願する)、雛の節句、草餅作り、お花見……ああ、日本人はこうやって神様に、自然に感謝して生きてきたんだなぁ、と思える場面がたくさん! 今は簡略化されて、なんのための行事かわからなくなっているようなものも、そうだったのか!と納得したり……。
またヤスばあさんがテイに言い聞かせる話も「そうだよ、昔はお金持ちとそうでない人の差がはっきりしていたけれど、エライ人はエライなりに気遣いや思いやりがあった」と読みながら思いました。
……物ごいのことは「お乞食さま」と「お」のうえにさらに「さま」を付けて呼ばれた。何か理由があって神さまが身をやつして村をたずねているのかもしれない、どんなに汚い身なりをしている者でもバカにしてはいけない、そうヤスばあさんは教える。……
……栗が実るとみんなで拾って大釜で茹で上げる。その栗をおばあさんが家族の人数分の山にわけ、じゃんけんで勝ったものから好きな山を選んでいく。後妻のイワかあさんが子ども思いで(3人の妹が出来ました)自分の分を少しやろうとすると、ヤスばあさんはだめだと遮る。おとなも子どもも、女も男も同じ量の栗をもらって楽しむのが栗わけの意味なのだ、だから自分で食べなさい。……
後半はテイが女学校に進み、東京に出てからの話になります。文庫には足利高等女学校の制服姿(袴になぜかベルト!)のテイや家族写真(妹たちもかわいい! ヤスとイワの写真もある)また新渡戸稲造校長の女子経済専門学校での写真や、イケメンなダンナさまとの結婚時の写真もあります。テイは強くたくましくまた賢い女性だったなぁと思いました。解説は『小さいおうち』の中島京子さんです。
本当にどの文章も抜粋したいものばかり……出来上がったお餅をお供えする場面で「神様には、日本古来の神様と渡来の神様とあって、海の向こうから来たえびす様とかだるま様のは小さいおもちだ。そんなこと、誰が決めたのであろうか……。」とか、たくさんお餅をついたけれどいろんな神様にお供えするので人間の分がなくなるのではと心配したり(笑) また神様だけでなく「鍬や鉈や鎌などの農具にももちろん供える。」のです。ピカピカに磨きあげられて、刃先を上にして並べられた父親の、母親の、祖母の、男衆たちのそれぞれの道具たち。「西側の板壁のすき間からさしこむ夕日に刃先が銀色に光り、納屋は物音ひとつせず、鍬や鉈は静かに眠っているように見える。テイにはどんな神様よりもいちばんありがたく思えて、農具の前で深々と頭を下げたものだった。」……この文章を読んだ時に、第520号:私の心はヴァイオリンで書きましたが、千住真理子さんの過去のヴァイオリンたちに「長いこと、ご苦労様でした。ほんとうにありがとうございました」と、両手を膝について、深々と頭を下げた、兄の博さんを思い出しました。
今の子どもたちには、この本に描かれている田舎の風景や人付き合いなどの雰囲気が伝わらないかもしれません。でもなんとなく、知らないけれどなんか懐かしい気持ちになれるものがあるんじゃないかなと思います。心の豊かさというのかな。
残念ながら、テイさんは101歳で亡くなってしまいました。最期まで産みの母親を求めていたテイさん……それはとても切ないことですが、本を通してテイさんに出逢えたことに感謝です。本を教えて下さった、のざわ様、ありがとうございます!
【100年前の女の子】
https://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784167906634
明治42年、上州のからっ風が吹く小さな村に、雷鳴とともに生まれたテイはカミナリさまの申し子と言われます。顔は男の子のようでかわいさはちょっと不足気味……そして強情。小言を言われても歯をくいしばり、涙をいっぱいためて上目遣いで見るような子どもです。生まれついてのものもあるかもしれませんが、生い立ちがさらにそれを鍛え上げたのでしょう。
テイの母親は姑ヤスと小姑があまりになんでも出来る人だったので「自分はダメな人間だ」と自信をなくしたのか、里帰り出産後になんと!赤ん坊だけを寺崎家に送り届けて、自分はそのまま実家に……おいおい、あなたは母親でしょ!とビックリ!特に意地悪されたわけでもなさそうなのに……(ーー;) その後、あちこちに預けられたり養子に出されたり……と苦労がありましたが、数えで7才の時に寺崎家に戻ることが出来ました。
5月の茶摘み、井戸替え(井戸の底をさらう)、田植え、絹織物用の蚕の世話、学校帰りに友達とイナゴを取って持ち帰り、それを炒めて味付けしてみんなで食べたり。田んぼの草取りもして、お盆さんがやってきて、お月見にお彼岸、栗の山分け、十日夜(トオカンヤ:子供たちが親に作ってもらった藁鉄砲で村中の家の庭先を叩くと、その勢いで大根が土の上から青首を出すので抜くのが楽になると言われている)、稲刈りにコウシン様(無事稲刈りが終わりました、これで年を越せますと感謝しながら新米を食べたり宴会をする)、家のすす払いと餅つき。家中の神様に鏡餅をお供えして、お正月の準備(門松・しめ縄作り、祝箸も作る)、初風呂、ぼんぼ焼き(お正月様が山に帰る日。正月飾りを燃やす。ウチの田舎はどんどん焼きと言ってました)、お嫁さんたちの里帰り、節分、初午(馬は人間よりも神様に近い動物と言われた。この日は馬を飾りたて馬の無事息災とその年の五穀豊穣を祈願する)、雛の節句、草餅作り、お花見……ああ、日本人はこうやって神様に、自然に感謝して生きてきたんだなぁ、と思える場面がたくさん! 今は簡略化されて、なんのための行事かわからなくなっているようなものも、そうだったのか!と納得したり……。
またヤスばあさんがテイに言い聞かせる話も「そうだよ、昔はお金持ちとそうでない人の差がはっきりしていたけれど、エライ人はエライなりに気遣いや思いやりがあった」と読みながら思いました。
……物ごいのことは「お乞食さま」と「お」のうえにさらに「さま」を付けて呼ばれた。何か理由があって神さまが身をやつして村をたずねているのかもしれない、どんなに汚い身なりをしている者でもバカにしてはいけない、そうヤスばあさんは教える。……
……栗が実るとみんなで拾って大釜で茹で上げる。その栗をおばあさんが家族の人数分の山にわけ、じゃんけんで勝ったものから好きな山を選んでいく。後妻のイワかあさんが子ども思いで(3人の妹が出来ました)自分の分を少しやろうとすると、ヤスばあさんはだめだと遮る。おとなも子どもも、女も男も同じ量の栗をもらって楽しむのが栗わけの意味なのだ、だから自分で食べなさい。……
後半はテイが女学校に進み、東京に出てからの話になります。文庫には足利高等女学校の制服姿(袴になぜかベルト!)のテイや家族写真(妹たちもかわいい! ヤスとイワの写真もある)また新渡戸稲造校長の女子経済専門学校での写真や、イケメンなダンナさまとの結婚時の写真もあります。テイは強くたくましくまた賢い女性だったなぁと思いました。解説は『小さいおうち』の中島京子さんです。
本当にどの文章も抜粋したいものばかり……出来上がったお餅をお供えする場面で「神様には、日本古来の神様と渡来の神様とあって、海の向こうから来たえびす様とかだるま様のは小さいおもちだ。そんなこと、誰が決めたのであろうか……。」とか、たくさんお餅をついたけれどいろんな神様にお供えするので人間の分がなくなるのではと心配したり(笑) また神様だけでなく「鍬や鉈や鎌などの農具にももちろん供える。」のです。ピカピカに磨きあげられて、刃先を上にして並べられた父親の、母親の、祖母の、男衆たちのそれぞれの道具たち。「西側の板壁のすき間からさしこむ夕日に刃先が銀色に光り、納屋は物音ひとつせず、鍬や鉈は静かに眠っているように見える。テイにはどんな神様よりもいちばんありがたく思えて、農具の前で深々と頭を下げたものだった。」……この文章を読んだ時に、第520号:私の心はヴァイオリンで書きましたが、千住真理子さんの過去のヴァイオリンたちに「長いこと、ご苦労様でした。ほんとうにありがとうございました」と、両手を膝について、深々と頭を下げた、兄の博さんを思い出しました。
今の子どもたちには、この本に描かれている田舎の風景や人付き合いなどの雰囲気が伝わらないかもしれません。でもなんとなく、知らないけれどなんか懐かしい気持ちになれるものがあるんじゃないかなと思います。心の豊かさというのかな。
残念ながら、テイさんは101歳で亡くなってしまいました。最期まで産みの母親を求めていたテイさん……それはとても切ないことですが、本を通してテイさんに出逢えたことに感謝です。本を教えて下さった、のざわ様、ありがとうございます!
【100年前の女の子】
https://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784167906634
2016年04月06日
暮雲便りNo.6:長いお別れ~花いちもんめ
今日は踊り子さんに休んでいただいて、日本医療小説大賞(日医主催、厚生労働省後援、新潮社協力)についてのお話を。
「国民の医療や医療制度に対する興味を喚起する小説を顕彰することで、医療関係者と国民とのより良い信頼関係の構築を図り、日本の医療に対する国民の理解と共感を得ること及び、わが国の活字文化の推進に寄与すること」を目的として創設したもので、今月1日に第5回日本医療小説大賞(日本医師会主催)が決まりました。
中島京子さんの『長いお別れ』です。中島さんの本は映画化された『小さいおうち』と「スカイツリーと東京タワーの往復書簡」という言葉にひかれて買った『眺望絶佳』の2冊を読んでいますが、この受賞作も前書評を読んで気になっていました。
ちなみに第1回(平成24年度)の受賞作品は「蠅の帝国 軍医たちの黙示録」「蛍の航跡 軍医たちの黙示録」(帚木蓬生)。戦時下の食料や医薬品が欠乏する過酷な状況で、陸海軍将兵や民間人への医療活動を懸命に続けていた医師たちの物語。こちらも新聞で読んで気になっていて、文庫本をBOOK・OFFで見つけて買ったのですが、積ん読状態になっております……(O.O;)(oo;)
さてさて……“ロング・グッドバイ”は少しずつ記憶を失くして、ゆっくりゆっくり遠ざかって行く……認知症をアメリカではこう表現するらしいです。『長いお別れ』というとすぐチャンドラーが浮かんでしまいますが、中島さんの小説も認知症のお話。厚生労働省は国内における認知症患者が2025年には700万人に及ぶと言っているそう……65歳以上の高齢者のうち5人に1人が、と思うと、誰にでもどこの家庭でも直面し得る身近で切実な問題です。
主人公の昇平は3年前に初期のアルツハイマー型認知症と診断。かつて区立中学の校長や公立図書館の館長を務めていた彼はその夏、東京郊外の自宅から都心で開かれた高校の同窓会の会場に、たどり着けなかったのです……混乱した様子で帰宅した姿を見て妻が認知症外来に連れていって検査をし判明しました。なかなか検査を受けるまでいかないとききますから、このお父さんは素直だったのかも? 認知症と診断されてからの老夫婦と3人の娘とその家族の日常、10年間が計8編の連作で描かれているそうです。
認知症という言葉がまだ使われていなかったと思うのですが、ダンナさんと付き合っていた頃『花いちもんめ』という映画を観ました(検索したら1985年公開でしたわ)。もと大学教授の鷹野冬吉は、めまいがもとで勤務先の松江歴史史料館で大事な縄文土器を床に落として破損してしまいます。やがて勇退を勧告されたのですが、その事を妻には言えず……毎朝弁当を手にあてのない出勤を繰り返していました。ここでも3人の子どもが登場します。『リア王』を意識しているのではないのでしょうけど。
冬吉は家庭で介護が難しくなり、精神病院に入れられてしまうのですが、ベッドに拘束され……ダンナさんが「あれはかわいそうだよ…」とつぶやいたのをよく覚えています。花いちもんめ(1985年/日本)にあらすじなど書いてありますので、読んでみて下さいませ。
中島さんの物語でも、昇平はゆっくりと少しずつ理解できないことが増えていって、想い出も家族の名前さえも忘れ、食事や排泄といった日常生活にも介助が必要になります。奥さんは網膜剥離で入院したり、より深刻な事態に。でも奥さんはこう思うのだと書いてありました。
「この人が何かを忘れてしまったからといって、この人以外の何者かに変わってしまったわけではない。 ええ、夫はわたしのことを忘れてしまいましたとも。で、それが何か?」
樹木希林さんの声で再生されてしまった……! しかし、自分が忘れてしまう立場になったら……にじ雲便りNo.9:忘れものを忘れたい(ノ_・,)で書いたの物語の母親のように「私ね 少し前まで何だかとても恐いものがあって……何か忘れてしまったけれど でも今は違う 今は…この日差しのような心持ちなの」と言えるのかしら?
いつかこの『長いお別れ』を手にし、一冊読み終えたら、私は何を感じ何を記事にするでしょう……まだまだ感性が鈍らないうちに、いろんな物事を考えられるうちに読んでおかなくてはいけないのかな、と思いました。
「国民の医療や医療制度に対する興味を喚起する小説を顕彰することで、医療関係者と国民とのより良い信頼関係の構築を図り、日本の医療に対する国民の理解と共感を得ること及び、わが国の活字文化の推進に寄与すること」を目的として創設したもので、今月1日に第5回日本医療小説大賞(日本医師会主催)が決まりました。
中島京子さんの『長いお別れ』です。中島さんの本は映画化された『小さいおうち』と「スカイツリーと東京タワーの往復書簡」という言葉にひかれて買った『眺望絶佳』の2冊を読んでいますが、この受賞作も前書評を読んで気になっていました。
ちなみに第1回(平成24年度)の受賞作品は「蠅の帝国 軍医たちの黙示録」「蛍の航跡 軍医たちの黙示録」(帚木蓬生)。戦時下の食料や医薬品が欠乏する過酷な状況で、陸海軍将兵や民間人への医療活動を懸命に続けていた医師たちの物語。こちらも新聞で読んで気になっていて、文庫本をBOOK・OFFで見つけて買ったのですが、積ん読状態になっております……(O.O;)(oo;)
さてさて……“ロング・グッドバイ”は少しずつ記憶を失くして、ゆっくりゆっくり遠ざかって行く……認知症をアメリカではこう表現するらしいです。『長いお別れ』というとすぐチャンドラーが浮かんでしまいますが、中島さんの小説も認知症のお話。厚生労働省は国内における認知症患者が2025年には700万人に及ぶと言っているそう……65歳以上の高齢者のうち5人に1人が、と思うと、誰にでもどこの家庭でも直面し得る身近で切実な問題です。
主人公の昇平は3年前に初期のアルツハイマー型認知症と診断。かつて区立中学の校長や公立図書館の館長を務めていた彼はその夏、東京郊外の自宅から都心で開かれた高校の同窓会の会場に、たどり着けなかったのです……混乱した様子で帰宅した姿を見て妻が認知症外来に連れていって検査をし判明しました。なかなか検査を受けるまでいかないとききますから、このお父さんは素直だったのかも? 認知症と診断されてからの老夫婦と3人の娘とその家族の日常、10年間が計8編の連作で描かれているそうです。
認知症という言葉がまだ使われていなかったと思うのですが、ダンナさんと付き合っていた頃『花いちもんめ』という映画を観ました(検索したら1985年公開でしたわ)。もと大学教授の鷹野冬吉は、めまいがもとで勤務先の松江歴史史料館で大事な縄文土器を床に落として破損してしまいます。やがて勇退を勧告されたのですが、その事を妻には言えず……毎朝弁当を手にあてのない出勤を繰り返していました。ここでも3人の子どもが登場します。『リア王』を意識しているのではないのでしょうけど。
冬吉は家庭で介護が難しくなり、精神病院に入れられてしまうのですが、ベッドに拘束され……ダンナさんが「あれはかわいそうだよ…」とつぶやいたのをよく覚えています。花いちもんめ(1985年/日本)にあらすじなど書いてありますので、読んでみて下さいませ。
中島さんの物語でも、昇平はゆっくりと少しずつ理解できないことが増えていって、想い出も家族の名前さえも忘れ、食事や排泄といった日常生活にも介助が必要になります。奥さんは網膜剥離で入院したり、より深刻な事態に。でも奥さんはこう思うのだと書いてありました。
「この人が何かを忘れてしまったからといって、この人以外の何者かに変わってしまったわけではない。 ええ、夫はわたしのことを忘れてしまいましたとも。で、それが何か?」
樹木希林さんの声で再生されてしまった……! しかし、自分が忘れてしまう立場になったら……にじ雲便りNo.9:忘れものを忘れたい(ノ_・,)で書いたの物語の母親のように「私ね 少し前まで何だかとても恐いものがあって……何か忘れてしまったけれど でも今は違う 今は…この日差しのような心持ちなの」と言えるのかしら?
いつかこの『長いお別れ』を手にし、一冊読み終えたら、私は何を感じ何を記事にするでしょう……まだまだ感性が鈍らないうちに、いろんな物事を考えられるうちに読んでおかなくてはいけないのかな、と思いました。
2015年08月11日
海雲便りNo.6:ゆっくりとサヨナラを
読売新聞の読者委員だった小泉今日子さん、なんと10年間も! 毎週日曜日の読書欄、興味深い本がたくさん紹介されていて楽しみなコーナーで、キョンキョンだけでなく他の方のの書評を読んで買った本もたくさんあります。
「上半期 私の心に残った本」ということでキョンキョンは三冊紹介していました。黒柳徹子さんのエッセイ『トットひとり』中島京子さんの『長いお別れ』は認知症の父を介護する母とそれを見守る三人の娘たちの十年間の話。そして西川美和さんの『永い言い訳』。長いではなく永い……「何故だか三冊とも別れをテーマにした本だった。」ではじまるまとめの文章がとても印象に残りました。
《私もそろそろ五十歳。最後のお別れをする機会も少なくない。生きている私はサヨナラを言った人たちのことを時々思い出す。求められれば思い出を語る。そうすれば私が死ぬまでその人たちは私の中で一緒に生きているような気がして頼もしい気持ちになれる。そして私はゆっくりとゆっくりと何度も何度もその人たちにサヨナラを言いながら自分が生きていることを確認しているようにも思う。》
思い出を語る時、その人たちは時空を越えていきいきと輝いているような気がします。思い出してもらい、語られることで「永遠のいのち」を得ることができるように感じます。
この前、中古本(マンガもあり)112冊を売ってきました。BOOK・OFFではない、新刊も中古本も扱う店ですが、買い取り価格が本当に安くなりました。Aランク付でも一冊30~40円。以前は60円とか100円もあったのに~! 全部で3215円で売れました。 BOOK・OFFで買った本は7冊で2216円……あと1000円分買えばよかったかなぁ……って自分がお金を払っていないのになんて図々しい……(O.O;)(oo;)
それから以前書いた『ソナエ』の有田焼骨壺プレゼント(立ち読みしてきました)は一名さまでした。あと『現代農業』のかわったかき氷(梅干しとか)は川越の「オイモカフェ」さんで食べられるみたいです。食べログとかに写真があるかも。本には輪切りにした大学イモが氷を囲む(?)のもあって、どれも美味しそうでした。
昨日は久しぶりに雨が降りましたが、今日はまたギラギラ太陽の1日になりそうです。どうぞよい1日を!
「上半期 私の心に残った本」ということでキョンキョンは三冊紹介していました。黒柳徹子さんのエッセイ『トットひとり』中島京子さんの『長いお別れ』は認知症の父を介護する母とそれを見守る三人の娘たちの十年間の話。そして西川美和さんの『永い言い訳』。長いではなく永い……「何故だか三冊とも別れをテーマにした本だった。」ではじまるまとめの文章がとても印象に残りました。
《私もそろそろ五十歳。最後のお別れをする機会も少なくない。生きている私はサヨナラを言った人たちのことを時々思い出す。求められれば思い出を語る。そうすれば私が死ぬまでその人たちは私の中で一緒に生きているような気がして頼もしい気持ちになれる。そして私はゆっくりとゆっくりと何度も何度もその人たちにサヨナラを言いながら自分が生きていることを確認しているようにも思う。》
思い出を語る時、その人たちは時空を越えていきいきと輝いているような気がします。思い出してもらい、語られることで「永遠のいのち」を得ることができるように感じます。
この前、中古本(マンガもあり)112冊を売ってきました。BOOK・OFFではない、新刊も中古本も扱う店ですが、買い取り価格が本当に安くなりました。Aランク付でも一冊30~40円。以前は60円とか100円もあったのに~! 全部で3215円で売れました。 BOOK・OFFで買った本は7冊で2216円……あと1000円分買えばよかったかなぁ……って自分がお金を払っていないのになんて図々しい……(O.O;)(oo;)
それから以前書いた『ソナエ』の有田焼骨壺プレゼント(立ち読みしてきました)は一名さまでした。あと『現代農業』のかわったかき氷(梅干しとか)は川越の「オイモカフェ」さんで食べられるみたいです。食べログとかに写真があるかも。本には輪切りにした大学イモが氷を囲む(?)のもあって、どれも美味しそうでした。
昨日は久しぶりに雨が降りましたが、今日はまたギラギラ太陽の1日になりそうです。どうぞよい1日を!
2015年02月16日
氷雲便りNo.8:眺望絶佳~赤と青
「スカイツリーと東京タワーの往復書簡」という言葉にひかれて、中島京子さんの『眺望絶佳』を買ってしまいました……! 実際はスカイツリーからのお便りの後に、東京で暮らす人たちの話がいくつか入って、東京タワーからのお返事という構成のみたいです(目次をみると)。
「眺望絶佳(ちょうぼうぜっか)」の意味は「見晴らしの素晴らしいたとえ。絶は、たえてないほど、非常に素晴らしい意。絶景。」だそう。 東京タワーの展望台には小5の時に学校行事でいきましたが(たしか雨だった)スカイツリーは見上げただけ……桜がキレイな時期になったら行ってみようかしらん?
東京タワーとスカイツリーってライバル同士みたいに取り上げた「なんだそれ?」という意味がない記事を見ることもありますが、先月発売の『HONKOWA ほんとにあった怖い話』3月号にこの2つの塔が描かれていました。小林薫さんのマンガです。
スカイツリーのことを、東京タワーを守護している朱色のウロコの龍は「風見の塔」と言っていました。東京タワーは「いさり火の塔」らしいです。高度成長期、頑張ろう、日本!の燃え上がる心意気の象徴のような赤い塔。スカイツリーは新しい時代の象徴で「風と水」で海から来た青いウロコの龍が護っているようです。
こういう話って好き嫌いがわかれると思いますが、なんとなく納得してしまうワタクシ……そしてスカイツリーより東京タワーの方に気持ちが傾くのは東京オリンピックの年に生まれた昭和の人間だからかしら? スカイツリーはスマート過ぎて落ち着かない( ̄0 ̄;) 東京タワーの正式名称は「日本電波塔(にっぽんでんぱとう)」だけれど、スカイツリーは「東京スカイツリー」だそうで、なんだ、つまらない……と思ったおやぢです。
タワーとツリーの違いってナニよ? 東京ツリーにスカイタワーだと印象が変わるわぁ、と考えながらケータイで検索していたら「全日本タワー協議会」なるサイトを見つけました。全国にいろんなタワーがありますね。五稜郭タワー!のぼったわ!という記憶がよみがえりました(笑)
http://www.japantowers.jp/web/01_what's_this/index.html
○○とニワトリは高いところが好き……と私は聞いたのですが、ニワトリではなくて煙(けむり)が正しいのでしょうか? 猫が木の上にいるのも見たことがありますが(^^;)(;^^)
薬とのど飴を効果がようやく出てきたようで、咳も治まってきました。このまままた体調を崩すことなく、過ごしていきたいです。皆さまもお身体に気をつけて下さいませ。
「眺望絶佳(ちょうぼうぜっか)」の意味は「見晴らしの素晴らしいたとえ。絶は、たえてないほど、非常に素晴らしい意。絶景。」だそう。 東京タワーの展望台には小5の時に学校行事でいきましたが(たしか雨だった)スカイツリーは見上げただけ……桜がキレイな時期になったら行ってみようかしらん?
東京タワーとスカイツリーってライバル同士みたいに取り上げた「なんだそれ?」という意味がない記事を見ることもありますが、先月発売の『HONKOWA ほんとにあった怖い話』3月号にこの2つの塔が描かれていました。小林薫さんのマンガです。
スカイツリーのことを、東京タワーを守護している朱色のウロコの龍は「風見の塔」と言っていました。東京タワーは「いさり火の塔」らしいです。高度成長期、頑張ろう、日本!の燃え上がる心意気の象徴のような赤い塔。スカイツリーは新しい時代の象徴で「風と水」で海から来た青いウロコの龍が護っているようです。
こういう話って好き嫌いがわかれると思いますが、なんとなく納得してしまうワタクシ……そしてスカイツリーより東京タワーの方に気持ちが傾くのは東京オリンピックの年に生まれた昭和の人間だからかしら? スカイツリーはスマート過ぎて落ち着かない( ̄0 ̄;) 東京タワーの正式名称は「日本電波塔(にっぽんでんぱとう)」だけれど、スカイツリーは「東京スカイツリー」だそうで、なんだ、つまらない……と思ったおやぢです。
タワーとツリーの違いってナニよ? 東京ツリーにスカイタワーだと印象が変わるわぁ、と考えながらケータイで検索していたら「全日本タワー協議会」なるサイトを見つけました。全国にいろんなタワーがありますね。五稜郭タワー!のぼったわ!という記憶がよみがえりました(笑)
http://www.japantowers.jp/web/01_what's_this/index.html
○○とニワトリは高いところが好き……と私は聞いたのですが、ニワトリではなくて煙(けむり)が正しいのでしょうか? 猫が木の上にいるのも見たことがありますが(^^;)(;^^)
薬とのど飴を効果がようやく出てきたようで、咳も治まってきました。このまままた体調を崩すことなく、過ごしていきたいです。皆さまもお身体に気をつけて下さいませ。