夏至

2018年06月22日

芸香雲便りNo.21:夏至

昨日は夏至でしたね。



「ぼんやりと夏至を過せり脹脛(ふくらはぎ)」( 佐藤鬼房)


私もなんだかこんな1日でした。気分はボンヤリだったけど、足は浮腫んでパンパン・・・ヤバイわ・・・ スネにはキズだらけだし。



佐藤鬼房の石碑、『プレバト!!』の俳句コーナーでおなじみの夏井いつきさんブログにありました。夏井さん、若い!!


http://100nenhaiku.marukobo.com/?eid=1290756



石碑についてはコチラもどうぞ。

http://kurashio.jp/sanpo/haiku/onifusa-komichi



いろんな石碑を見に行く旅もいいかな、と思いつつ、引きこもり気味のワタクシです(;´∀`)




rohengram799 at 09:21コメント(0) 

2018年06月18日

芸香雲便りNo.17:キリン

毎年6月21日は「世界キリンの日 World Giraffe Day」。1年で1番昼の時間が長い日である夏至が6月21日前後にあることから「1年でもっとも昼が長い日に世界一首の長い動物を知ろう!」ということでキリン保全財団が制定したそうです。「世界◯◯の日」って、動植物だけでもかなりの数があるのかしら? まどさんはかなりの数の動植物の詩を書いていますが、もちろんキリンさんもありました。



『キリン』まど・みちお

みおろす キリンと
みあげる ぼくと
あくしゅ したんだ
めと めで ぴかっと・・・

そしたら
せかいじゅうが
しーんと しちゃってさ
こっちを みたよ



キリンさんと♪目と目で通じあう~かすかに ン 色っぽい~ なのか、色っぽいというよりふたり(?)だけの不思議な空間が出来上がったのか・・・。


【工藤静香「MUGO・ん…色っぽい」】
http://www.uta-net.com/user/phplib/Link.php?ID=4417



コチラは不思議というかなんとゆーか・・・の遊園地です。某作品の同人作品をいろいろ読んでいたら出てきました。「パリ植物園」で画像検索してもいろいろ出てきて面白いです。


【動物のメリーゴーランド】
http://chaehwa.jugem.jp/?eid=131



大きな地震が続いています。皆さまのお住まいの地域は大丈夫でしたか? 梅雨時の地震、土砂災害も心配です・・・。


rohengram799 at 11:56コメント(2) 

2016年07月29日

布雲便りNo.29:銷夏~狼と豚と私

新聞コラムに『銷暑』という文字がありました。最初「何だよ、タコが暑い? タコの夏? 夏至はもう過ぎただろ~今ごろ半夏生の話かよ(# ̄З ̄)」とお下品なことをブツブツ言っていたワタクシですが、漢字が「タコ」じゃないー!!(O.O;)(oo;)



「銷夏(しょうか)」は、暑さをしのぐこと。「消夏」とも書きます。元気をなくして気分がしょんぼりすることを「意気消沈」と言いますよね。「意気銷沈」とも書くとあったので、基本(?)は「銷」なのかなと……。“金属をとかす”ですから威力はスゴい……漢検1級の文字らしいです。知らなくて当たり前よね(¨;)


「銷鑠縮栗(しょうしゃくしゅくりつ)」という熟語もありました。意気がなくなり、恐れて小さくなること。「銷鑠」は金属が溶けるという意味から、意気がなくなるということのたとえ。「縮栗」は体をすくめて小さくなって恐れること。ワタクシが“タコを引き裂くような暑い夏の年は、栗の実も小さく縮こまって大きく育たない”と最初に考えたのは……ここだけの話です(◎-◎;) ちなみにタコは「蛸」と書きます……皆さん、知っていますよね。イヤね、視(思)力低下すると漢字もちゃんと読めなくて、自分に都合よく想像(妄想)力で理解しようとしてしまう……(´-ω-`)



『銷夏漫筆』という本があり、Amazonサイトでは内容がわからなくて著者の辰野隆さんの他の本を探したら『書狼書豚』というのがありました。スゴい字面だ……(^^;)(;^^)


辰野隆……たつの“たかし”ではなく“ゆたか”さんは、明治21年(1888年)生まれ。父親は日本の近代建築に多大な業績を残した建築家の辰野金吾氏(知らない…)。 谷崎潤一郎とは府立一中以来の親友で、東京大学でフランス文学の主任教授として活躍。三好達治、渡辺一夫、伊吹武彦、小林秀雄、今日出海、中島健蔵、中村光夫、森有正ら多数の俊英を育てたそうです。『文藝春秋』昭和24年6月号「天皇陛下大いに笑ふ」の企画で、徳川夢声、サトウハチローとともに昭和天皇と懇談したときの様子を再現。これが評判を呼び、部数が飛躍的に伸びるきっかけとなったそうです。また随筆家としても数多くの優れた作品を残し、昭和39年(1964年)に亡くなられました。私の生まれた年だ……52年目の感動的(?)な出逢いに筆が止まらない(゜o゜)\(-_-)



「資産を傾け、女房を質に預け、娘を郭に売ってまで欲しい本を買おうとする者、これを書痴という。次に世の中に2冊しかない本の一方を手に入れるために人を殺す手合いを書狼という。そして、世に2冊しかない本について、自分の所有する1冊を真に世界でたった1冊にするために、もう1冊の方を盗み出して燃やしてしまう輩を書豚という。」と池澤夏樹さんは著書にこのように書いているそうです。


書狼は『豪華版の醍醐味を解せぬ東夷西戎南蛮北狄の如き奴』『本は読めればよし酒は飲めればよし、といった外道』で、書豚は『世界に2冊しかない珍本を2冊とも買い取って1冊は焼捨ててしまはねば気がすまない』というような書痴・書狂のことらしい……青空文庫のサイトにありましたが、文体が昔でなんとなくニュアンスでわかる感じなんですが(; ̄ー ̄A お酒は菊正宗が大好き!みたいですね。文章に力が入っていました(≧∇≦)

http://www.aozora.gr.jp/cards/001796/files/56830_55631.html



書狼(ビブリオ・ルウ)に書豚(ビブリオ・コッション)……豚も横文字になるとカッコいいな(* ̄ー ̄)……ってバカでスミマセン!と書いた後に調べたら、COCHONは特に食用に去勢したオス豚を言うらしいです………。参考までにYahoo!知恵袋の質問と回答をどうぞ!

http://chie.mobile.yahoo.co.jp/p/chie/qa/view?qid=1422275909




梅雨明けして本当に暑い(;´д`)ゞ! 皆さまもお身体に気をつけて下さい。どうぞよい週末を!!






rohengram799 at 10:06コメント(6) 

2016年06月20日

閑雲便りNo.25:明治は遠くなりにけり

むし暑いですね。髪を切ろうかどうしようか、迷っています。あんまり短いのもイヤだし、中途半端な長さだとまとめられないし、パーマは全くかからないのでお金の無駄だし……( ̄~ ̄;)



髪の毛と言えば……を明治4年8月9日に「脱刀の許可」と共に「散髪の許可」も出されました。しかし、長年親しんできたチョンマゲをあっさりと簡単に切ることは出来なかった人が多いらしく、ある県ではチョンマゲのままの人に税を課せるなどして、散髪を励行したそうです(;゜∇゜)


当初は男性よりも女性のほうが好んで散髪たようで当時の新聞には「女子の断髪は見るに忍びず」(明治5年3月新聞雑誌)「婦女子の髪は従来通り」(明治5年4月新聞雑誌)などの記事がありました。そして政府から5年の4月「女子断髪禁止令」が出るほど……なんだ、そりゃ(´・ω・`)?って感じですね。あまりにも身勝手ですわ。


明治天皇は近代化を進めるにあたり率先して御自ら実行しなければいけないと、明治6年3月20日ご断髪なさったそうです。



明治にはいろんな禁止令が出ていたようですが、私が気になったのは『裸体禁止令』です(///∇///)←こんなウキウキ感はないですけど。


日本人は、和服を軽くひっかけるようにして着ていました。遠山の金さんみたいなイメージでしょうか? 当然、着物がはだけてしまいます。このような姿について、ペリーに随行した宣教師のサミュエル・ウェルズ・ウィリアムは「婦人達は胸を隠そうとはしないし、歩くたびに太腿まで覗かせる。男は男で、前をほんの半端なぼろで隠しただけで出歩き・・・」というように半ば蔑むような発言。「前をほんの半端なぼろで隠しただけ」というのはフンドシのことかと気になりますが、今回は置いといて(笑)


まぁ日本人にとっては当たり前のことでも、初めてこれを目にした西洋の方々はとても驚いたに違いありません(^。^;) 日本を「野蛮」と思われるのを嫌った明治政府は「裸体」の風俗を取り締まるようになります。明治元年、横浜を皮切りに、続いて明治4年に東京でも裸体禁止令が出され、その後全国に普及していったそうです。その流れの中で、混浴禁止令とかも出たりして……なんか混乱した時代だ(-_-;)


高村光太郎は『回想録』に「祖父は丁髷(ちょんまげ)をつけて、夏など褌一つで歩いていたのを覚えている。その頃に裸体禁止令が出て、お巡りさんが「御隠居さん、もう裸では歩けなくなったのだよ」とやかましい。そしたら着物を着てやろうというので蚊帳(かや)で着物をこしらえ素透(すどお)しでよく見えるのに平気で交交番の前を歩いていた」と書いています。また
「祖父は体躯(たいく)は小さかったが、声が莫迦(ばか)に大きく、怒鳴ると皆が慴伏(しょうふく)した。中島兼吉と言い、後に兼松と改めたが、「小兼(ちいかね)さん」と呼ばれていて、小兼さんと言えば浅草では偉いものだったらしい。
そうで……青空文庫で祖母や父のことなども読めます。興味のある方は検索してみて下さい。



上海にディズニーランドが出来て、中国人のマナーの悪さとかニュースになっていますが「昔の日本もそうだった」って言う文化人(?)の方々がいますが、江戸から明治になった頃と同じくらいの混乱ぶりなのかしら、それとも戦後?とか考えながら○○禁止令ラッシュにの話を読みました。



明日は夏至ですね。皆さまは何を食べるのかしら? どうぞお身体に気をつけて下さいませ。






rohengram799 at 20:50コメント(15)トラックバック(0) 

2015年06月22日

草雲便りNo.22:ココロのスキマ

今日は夏至ですね。夏至に食べる食べ物の話で「関西では夏至にタコを食べ、関東では小麦粉を混ぜた焼き餅を食べる風習がある」というのをきいて、そんなの初耳だわ(;・ω・)と驚いています。お盆に山梨では安倍川餅を食べるというのもここ最近知った話なのに……。小麦粉を混ぜた餅というのもなんかナゾ……風味とか違うのかしら?



『塩つけパン喰う旅への誘いいきいきと』(金子兜太)

この句には季語がないのですが、塩つけパンが夏の塩分補給のイメージがあるので、ちょっと早い夏の冒険に出掛けるのかな?なんて考えてしまいます。



話はかわりますが、テレビで質流れ品なのか中古ブランド品(バッグや時計、宝石など)セールの様子を映していたのですが、中国人の団体さん貸し切りですか?みたいなスゴい画面でしたわ。ヴィトンのバッグが積まれたワゴンに群がる人々がコワい((((;゜Д゜))) そして現金もスゴい持っていてビックリ!! カードはすぐ限度額を越えてしまうので不足分を現金で、と言っていましたが……日本なら安心して中古ブランドも買えるらしいです。日本人も外国で漁りまくっているのかしら……だとしたら恥ずかしく情けない……!!


その前に新聞で、農村の留守児童が「両親出稼ぎ中、4兄妹が農薬自殺」という記事を読んでいたので、思っていた以上に中国の貧富の差を感じました。まぁ日本に長期滞在出来る時点でかなりのお金持ちだとは思いましたが……そして「留守児童」って何?となりました。保育所などの入所待ちの「待機児童」は聞いたことがあるけれど……(・_・?)


「留守児童」というのは、農村で両親が他の街へ出稼ぎに行き、祖父母や親戚のもとに預けられたまま育つ子供のことをいうそうです。なんで親が子供を連れて行かないのかというと、仕事が忙しくて面倒を見ることができない。次に都市での生活はかなりの出費があり、子供のいろんな養育費も農村の方が安い。そしてナニそれ?と思ったのが戸籍の問題で、現制度下では人は街へ引っ越しても戸籍は自由に動かせないということ。そのために出稼ぎ先で子供を学校に行かせたくても、さまざまな制約があり、また高校入試や大学入試などの節目は戸籍所在地での受験のみに限定されているので、出稼ぎに出る親たちは戸籍所在地の農村で暮らしている自分の両親や親戚に子供たちを預けるんだそうです。農村部と都市部で戸籍がわかれている……なんでそんなにハッキリ区別するのか(´・ω・`)? 中国の政治体制が全くわかりません……。


預けた先が必ずしも最適な環境とは限らないわけで……学校の先生からの虐待もあったり……。どこの世界も弱い子どもたちから犠牲になるのでしょうか……。



このむし暑く、不安定なお天気に気分もちょっと落ち込んだり、う~んとなったりしてしまいがちですが、とココロのスキマにイラナイものを詰め込まないように、気をつけてまいりましょう~どうぞ元気ハツラツ!な楽しい1週間にして下さいませ(*´∀`)ノ





rohengram799 at 14:48コメント(10) 
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