小川洋子

2019年10月09日

紅樹雲便りNo.8:化学変化

日曜日(10/6)の読売新聞書評欄で村田沙耶香さんが『あとは切手を、一枚貼るだけ』について書いていた、文章が美しく印象的でした。

「二十代のころ、一度だけ、ある人が紡ぐ言葉に恋をしたことがある。小説とは関係のない人だったが、その人の書く句読点も平仮名の使い方も好きだった。言葉は呼応する。その人の言葉に反応して出てくる自分の言葉にも驚きを感じ、大切にしていたのを覚えている。」


「言葉は生きていて、永遠の化学変化を続けている。その目に見えない奇跡がこの本の中に存在していると、確かに思うことが出来るのだ。」



【あとは切手を、一枚貼るだけ】
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20191004-00010000-figaro-ent


文庫になったら読んでみたい(笑)



rohengram799 at 00:00コメント(2) 

2019年01月08日

萌月雲便りNo.10:遊動円木

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『小川洋子の陶酔短篇箱』というアンソロジーに「遊動円木」という作品がありました。表紙買いして読みかけになっている『遊動亭円木』という小説もあって、どんなものかわかるようなわからないような(-ω- ?)だったので、検索したらコレでした。

見たことも遊んだこともあるけれど、「遊動円木」という名前の遊具だとは知らなかった! ちょっと違うタイプのもありますが。メモメモ((φ( ̄ー ̄ )




『小川洋子の陶酔短篇箱』

https://blogs.yahoo.co.jp/senhakuimi/35808717.html?__ysp=5bCP5bed5rSL5a2Q44Gu6Zm26YWU55%2Bt56%2BH566x


『遊動円木』(葛西善蔵・こちらから読めます)

https://www.aozora.gr.jp/cards/000984/files/53045_45583.html



『遊動亭円木』(辻原登)

http://d.hatena.ne.jp/mike-cat/touch/20060701


rohengram799 at 16:20コメント(4) 

2016年02月26日

凍雲便りNo.14:ことり

落語の『八五郎坊主』……出家した八五郎は物覚えが悪くて「法春(ほうしゅん)」というよい名をいただいたのに覚えられない(´;ω;`) 和尚さんが釈迦の弟子の槃特(はんとく)のはなしを聞かせてくれる。槃特は覚えられない自分の名前を板切れに書いて背負って歩き、立派に悟りをひらいた。逝去後、墓前に見知らぬ草が生える。「草かんむりに名を荷(にな)うと書いて茗荷じゃ」……という話を読んだのですが、頭の回転が凍りついていたらしいワタクシ、それがどーした、?オチがわからない……としばし悩んでしまいました。「ミョウガを食べると物忘れ」の俗信をすっかり忘れていました……ミョウガを食べようが食べまいが、関係なかった……ρ(・・、)



そんなハートブレイクなワタクシを慰めてくれるのが小鳥ならぬ『ことり』(小川洋子)です。



物語は「小鳥の小父さん」と呼ばれている男性が、いわゆる「孤独死」状態で発見されるところから始まります。彼は両腕で竹製の鳥籠を抱いたまま亡くなっていて、籠の中には一羽の小鳥(メジロ)が生きている。その小鳥が逃げ、飛び去ってしまい………そこから彼の一生が語られるのです。


世間的な価値観からは発達障がいと呼ばれそうな兄は11歳から、自分で編み出した言語を喋り始めます。兄はあらゆる医療的な試みにもかかわらず、他人が理解出来る言葉を話せません。兄の不思議でやさしい言葉を理解出来るのは弟だけでした。やがて母が亡くなり父も亡くなり……。


兄弟だけの暮らしは23年続きますが、兄は不意に逝ってしまいます。「小鳥の言葉を理解し、その声にじっと耳を澄ませ、彼らを励まし慰め続ける人生だった。(享年五十二)」


弟は、小鳥の言葉を理解した兄を偲びつつ、幼稚園の鳥小屋の世話をするようになり、園児たちから「小鳥の小父さん」と呼ばれるようになります。そして図書館の司書である女性にひそかに思いを寄せるのですが……。


その後は時代の変化や自身の身体の変調など、物語の雰囲気も前半とまた違ってきます。彼の人生を知らない人が大半ですし、あやしい人物に見られても仕方ないところはあって、実際に疑われてしまったり。


ヒヨドリやツグミの話などは漫画の『とりぱん』で見たような場面があり、ふふっとなりました。時間がゆっくりと流れていって、とってもやさしい……この本を朗読出来る技量が欲しい!と思ってしまう……映画でも絵本でもなく、声でこの世界に入り込みたい!



小父さんは兄の言葉を「ポーポー語」と名付けているのですが、私はこの部分がとてもせつなくて、とてもいとおしく感じました。



ポーポー語の中で小父さんが最も愛しているのは、おやすみ、だった。ああ、これは夜の小さなお別れを表しているのだなと分かる響きを持ち、どこか懐かしく、慈悲深く、小さな声でも闇の遠い一点にまで届いていった。お兄さんの「おやすみ」がいくつも重なり合うと、いつしか「さよなら」になるのだろうという予感がありながら、それでもやはり眠る時間になれば、また「おやすみ」を聞きたい気持ちになるのだった。
「おやすみ」
お兄さんには届かないと知りつつ、階段の向こうの暗がりを見つめながら、小父さんはもう一度だけつぶやいた。



『お兄さんの「おやすみ」がいくつも重なり合うと、いつしか「さよなら」になるのだろうという予感がありながら、それでもやはり眠る時間になれば、また「おやすみ」を聞きたい気持ちになるのだった。』……もう、どうしたらこんなに美しい言葉で人の気持ちを表すことが出来るのか! スープの話で冷めていた私の心がイッキに♪あったかいんだからぁ~になりましたよ。この春、耳にする鳥の歌は格別なものになりそうです。



小川さんの『人質の朗読会』の表紙も好きでしたが、この表紙も好き……また装丁も内容も素晴らしい一冊に出逢いたいです。皆さまもなにかステキな出逢いがある週末になりますように(*´∀`)ノ




rohengram799 at 19:55コメント(6) 

2015年04月16日

桜雲便りNo.16:あまやどり

突然の雷雨があるかも……!!にドキドキしていましたが、少なくとも私が仕事をしている間、外を見ても晴れ!夕方になってちょっと雨が降りましたか?というくらいで……傘の忘れ物が増えるわけですな(-。ー;)



♪それはまだ私が神様を信じなかった頃 9月のとある木曜日に雨が降りまして こんな日に素敵な彼が現れないかと 思ったところへあなたが雨やどり……


これはさだまさしさんの乙女チックな歌詞が恥ずかしくも初々しい(笑)『あまやどり』ですが、せっかくあまやどりしても、なかなか雨が上がらず、かえってスゴい雨になることってありますよね。江戸川柳の『本降りになって出て行く雨宿り』なんてまさにコレ!!( TДT) しかし、こちらなら大歓迎かも……「あまやどり」という品種の桜です。桜吹雪の中ならゆっくり歩いて帰ります(´∇`)


http://www.tree-flower.jp/26/nijojo_sakura_446/nijojo_sakura.htm


http://www.kagiken.co.jp/new/kojimachi/hana-amayadori_large.html




川柳と言いますと、新聞の文芸投稿欄にこんな一句がありました。


『陽が昇る介護施設が動き出す』(千葉市 野口一風)


瀬々倉卓治さんが秀逸に選ばれた作品です。選評に『母は九十歳で逝き、父は百歳まで生きて、逝った。母の死後、私は父と添い寝をした。水道が凍る冬の朝、靴下を穿かせていた父から、不意に「お前が神様にみえる」と言われた。私に出来たのは、それだけだ。施設で、朝は同じ陽が昇る。これも一期一会だ。』



私は介護をするような状況になる前に両親がいなくなってしまいました。介護関係の話や小説にそんな描写があると、私は本当に何も知らないし何もやらない娘だったなぁと思います。いつも「ご苦労なし」と言われてきたので、とてもじゃないけど面倒みてほしくないわぁ~と両親が思っていて、それを神様が聞き入れてくれたのではないかしら、と考えてみたり……苦労が足りない分、人としての「厚み」「深み」に欠けているんだろうなぁ…身体の厚みと欲望の深さは人並み以上にあるのに……とか、ガッツリ落ち込まない程度に考えながら、黙々とモップをかけたりしています。



『親の希望次々残して子は育つ』(サラリーマン川柳)


末は博士か大臣か……今だと何になるのかな? そんな大それた希望はなくても、親にしてみたらささやかな希望っていろいろありますね。子どもにも理想の親とか家庭とかあるでしょうけど。子どもが巣立った後に残るのは「希望という名の親のエゴ」なのかしらん( ̄~ ̄;)



先ほど小川洋子さんの『夜明けの縁をさ迷う人々』を読み終わりました。小川作品って私の中では結構好き嫌いがあるのですが、この本はなんとも言いがたい雰囲気が好きです。「お探しの物件」はいろんな変な人が建てたり、関わった変な物件を紹介してくれる不動産さんの話。ちょっとどの家もパス!!って感じです(笑) 全部で9つ、どれもSF(少し不思議)(☆o☆)な短編集でした。



ではでは、思いがけない出逢いのある木曜日になりますように……私はそろそろ寝ます~おやすみなさい(+.+)(-.-)(__)..zzZZ






rohengram799 at 00:25コメント(8) 

2012年01月13日

第669号:ぶらんこ乗り

『枕もとに本積めばこれ宝船』(丸谷才一)


昨日帰ってから新聞を広げたら、こんな一句がありました~Nice(^-^)v 私は布団に入って本を読むことはないのですが(腹這いで読むのは苦しいし、肩と腕がいたいので持ち上げて読むのはツラい!!)枕元に自分の好きな本を置いておくことはあります。ケータイ置き場になっていますが。近くに好きな本があることで「いい夢が見られるのでは」というお子さまな発想ですな(^.^)


昨日は『ぶらんこ乗り』(いしいしんじ)という本を読みました。わりと薄い本だし、新潮文庫の表紙は夜空に浮かぶブランコや動物たちの刺繍がかわいいです。


◆『ぶらんこ乗り』 いしいしんじ | 新潮社 https://search.app/hgYj8cF22GB7wGD77


タイトルから伊良部センセが出てくる『空中ブランコ』(※)を連想してしまいますが、こちらは中原中也の『サーカス』という詩の感覚に近い気がしました。本編の中に登場人物の書いた童話がある『十一月の扉』みたいな感じ…主人公はこの不思議な物語を書く弟のお姉ちゃんです。

弟くんは幼いのにとっても優秀で、人の百倍は感受性が強い…そんな子の書く物語の視点は全く違って「ああ、そんな考え方もあるんだ」と目からウロコだったり。


「わたしたちはずっと手をにぎってることはできませんのね」
「ぶらんこのりだからな」
だんなさんはからだをしならせながらいった。「ずっとゆれているのがうんめいさ。けどどうだい、すこしだけでもこうして」と手をにぎり、またはなれながら、


なんと言ったと思います?


「おたがいにいのちがけで手をつなげるのは、ほかでもない、すてきなことだとおもうんだよ」



漢字が少ない分、ぶらんこがいったりきたりするようにふたりの気持ちを「ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん」……とゆっくり染み込むように伝えてくれる気がします。


人っていつも片手をのばして、自分の手をにぎってくれる誰かを探しているのかなぁ…あっちとこっちの違う世界をゆれながら生きている人もいるし…弟くんはそういった「ゆらぎ」を知りたくもないのに神様から先に知らされていたようで、せつない(ToT)

ある出来事から弟くんは口をきかなくなります。自分の声がまわりの人を不快にするから…いえ吐いてしまうほどの生理的嫌悪感のある「音」になってしまったから。そして彼の話は動物たちの「ものがたり」になっていくのですが…。

この本は冬に読んで欲しい、みたいな感想もあったので「この時期に選んだ私ってエライ!!」と自画自賛←アホでスミマセン('~`;)お父さん、お母さんもいい味だしております。ちょっと岡本一平・かの子夫妻(岡本太郎の両親)を思い出しました。

次は小川洋子さんの『まぶた』を読むつもりですが、表紙の目をつむった女の子の絵が麗子像のタッチに似ていて、ちょっとコワイです~枕元には置けないです( ̄▽ ̄;)

◆『まぶた』 小川洋子 | 新潮社 https://search.app/ewo5ePEjpVTij4LJ8




(※)空中ブランコ - 文芸・小説 奥田英朗(文春文庫):電子書籍試し読み無料 - BOOK☆WALKER - https://search.app/2fAadpsZprSFQEzD8





rohengram799 at 13:55コメント(12) 
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