備忘の果実 〜オスカー戯言日記〜

好きなことを好きな時にチマチマと書いています☘️

タグ:木原敏江

梅の開花が遅れていて、梅祭りの開催時期が延期されているとか…今日は晴れですが明日はまた雨の予報、植物も混乱しているのではないかと思いますね(´д`)

梅といって次に思い出すのは桜ですね。という半ば無理矢理なツナギですが『雷桜』を読み終わりました。私、ずっと「カミナリサクラ」というタイトルだと思っていましたが「ライオウ」なんですね。カバーのフリガナをみて「アレ!?」…よかった、人に言わなくて!!でもライオウなんて相撲取りの雷電(ライデン)みたいでロマンチックじゃないし。

映画になったのは知っていますが、コレは映像ではなく漫画にした方が良い作品ではないかと思いました。特に桜を美しく描ける方がいいです。個人的には木原敏江さんに描いて欲しい~ラスト近くのお別れの場面はきっと素晴らしく美しく描いて下さるはず!

映画は誰を主人公にしたのか知りませんが、この時代だからこその人々の生きざまですね。今は亡き中島梓さまがドジさまのイラスト集に『木原敏江論文』なるものを書いていたのですが、その中にこんな文章がありました。


足利義満もまた世阿弥に対し、あくまで「たまたま将軍であり権力をもつところの一人の人間である。世阿弥は、「余を恨むか」と義満に問われるが、何もこたえない。(略)その無言につづくコマ―「そういう時代でありましたよ」(略)その中にあったからこそ、ルイはルイであり、義満は義満として生き、世阿弥は世阿弥として生きるだけのこと、それしかなかったのである。


※ルイとは『アンジェリク』という作品に出てくるルイ14世のこと


『雷桜』には幼い頃さらわれた娘、その家族や奉公先の殿様や家臣たち、隣接する藩との確執などいろんな出来事と人物が出てきますが、誰を主人公にしても物語が成立する「うまさ」があるなと思いました。それは決して技巧的ないやらしい意味ではなくて、登場人物が一人一人それぞれ「そういう時代」に生きたという実感が全編にあったからだと思います。個人的には、榎戸さまラブです(笑)

あと、角川文庫の中古本を購入したのですが、くにゃくにゃと丁度良いしなり具合で(笑)本自体が手に馴染み読みやすかったです!こういうのも嬉しいんですよ(^-^)v



昨晩の地震には驚きました。皆さま、怪我など被害はありませんでしたか?夜の地震は怖いです。十分に備えることは難しいかもしれませんが、気をつけて下さい。気をつけましょう!


テレビで「東日本は機能がマヒ状態だが、西日本はまだまだ元気。日本全体が暗く落ち込むことはない。今は西日本がオレたちが日本経済を支えているくらいの気持ちで!!」みたいなことを言っているオジサンがいました。


木原敏江さんの作品の中にこんな言葉があります。


「たとえば」「もしかしたら」「かもしれない」実践をともなわない希望はむなしい

一歩また一歩 人生もまたゆめのうち 泣いているひまにあるいたほうがよい


頭であれこれ考えるより身体を動かした方が何かよいヒントが見つかったり、質の高い笑いで心にも身体にも免疫力がつくこともある…泣き笑いしながら歩いていく人がたくさんいるはず。そして自分もその1人になるじぇ~!!


♪千里の道も一歩から~まずは今日も仕事に行ってきます。では!!

夜をこめて月の光を凍らせし甕の氷の厚きこの朝(小坂淳子)


この短歌のように、3月になってから真冬の寒さ!!春はどこ~恥ずかしがらずに出ておいで~な気分です(笑)


さて、寒さに記憶も凍結していましたが、本日早朝5:46頃に新月です! 実は私、昨年3月の新月の日からブログをスタートさせようとダンナが寝てからカチカチ開始! 新月は何か新しいことを始めるのに適しているときいたので、ヨシ!!と思ったのですが、まぁ慣れないので時間ばかり過ぎていき、結局日付が変わってしまいました(笑)


その記念日はまだ先ですが、新月という言葉をこの時期に聞くとなんとなく感傷にひたりたくなります☆


今日の新月は魚座の新月で、精神面での豊かさについて考えるといいみたいですよ。何のために仕事をするのか、何のために結婚したいのかとか~最終的には「何のために生きるか!?」なんてところまでいっちゃったりして~(((・・;)


『銀河荘なの!』という木原敏江さんの漫画で、永遠の命を持ちさすらう人物が


生きるとはしっかりとおわりの日を見さだめつつゆめを見ることなのか。


とかつて自分の弟として暮らし、吸血鬼の仲間にしようとした人間の子孫に出会い、こう思う場面があります。あらためてこの言葉をかみしめる新月の日になるかもしれません。





今日は『踊念仏の開祖』とされる平安時代の僧・空也の忌日でもありました。956(天暦10)年11月13日、空也が奥州への遊行に出発する際に「この日を命日とせよ」と言ったことから11月13日を忌日としたそうです。


実際には、972(天禄3)年9月11日に京都(現在の六波羅蜜寺)で亡くなっているとのことですが、自分は戻れないと思っていたのでしょうか? それとも、この日に何か特別な思い入れがあったのか…それはご本人にしかわからないことなのでしょうが、なんとなく浪漫を感じるのは不敬かしらん?


空也といえば……木原敏江さんの漫画『無言歌』の主人公が空也(ソラヤ)くんでした。『若い頃は馬鹿なことをしたですんでしまう』この言葉に、なんだか励まされたことを思い出した。



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