備忘の果実 〜オスカー戯言日記〜

好きなことを好きな時にチマチマと書いています☘️

タグ:東北

こんばんは🐥

受験したのは知っていたけれど、ゆうこりん、白百合女子大学に入学したんですね。芸能人って大学進学しても中退も多いので頑張って欲しいです。
https://ameblo.jp/ogura-yuko1101/entry-12796415482.html


昨日は雷雨があったりへんな天気でした。桜はすっかり散ってしまいましたが、函館では開花宣言があったようですね。例年より2週間は早いとか。40年近く前、五稜郭祭に行った時には桜とたんぽぽの色合いが綺麗でしたが、そんな光景も今月いっぱいになるのかも?


時期がズレてしまいましたが、東北の桜の話を🌸


『みちのくの今年の桜すべて供花』

高野ムツオさんのこの俳句を知ったのは、震災から1年経った日の新聞紙上でした。毎年毎年「今年の桜」が咲く度に思い出します。

『とりぱん』のとりのなん子さんが欄外の「トーホク週報(ウィークリー)」にこう書いていました(週刊モーニング/2023/03/30号)。


【2月にトルコ・シリアで起きた大地震には驚きました。直下型とはいえ、とてつもない被害。幅数メートルの谷が新しくできたという報道もあり、天変地異とはこのことかと。人的犠牲も3・11をはるかに超えつつあり、本当に心が痛みます。わずか数十分で日常が崩壊した12年前のあの日。失われたものはもう決して元通りにはならない。これから復興で土地の記憶が上書きされていく中、美しいイメージの奥にうっすらにじむ治らない傷をずっと持ち続けることも必要なのだと思います。】 



願わくは花のしたにて春死なんそのきさらぎの望月の頃


こちらは一番知られている西行の歌かもしれないですね。
「どうか、春の、桜の花の咲く下で死にたい。あの釈迦が入滅なさった二月十五日頃に」という願い。そして文治六年(1190年)二月一六日にこの世を去りました。今年の旧暦の「如月満月」は3月27日(旧2月16日)でした。 

【願ふ死は花満開の散らぬ間に】
https://fragie.exblog.jp/32978127/



あまりテレビ報道はなかったように思いますが、2016年4月14日16日の熊本地震から7年が経ちました。
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20230416/k10014040181000.html

【熊本地震震災ミュージアム】
https://kumamotojishin-museum.com/



毎日信じられないような事件、事故が起きています。天災だけでなく人災も多くあると思います。いろんなことに気をつけて、おだやかに過ごしていきたいものでず。

皆さま、どうぞご安全に🥸

東野圭吾の『夢幻花』が重版、重版で売れているらしい。新聞にはカバーを新しくして発売!とかあったけれど、そんなにおもしろいだろーか? 私にはどちらかというと、ハズレだったので、世間一般の感覚からズレているのかと、ちょっとばかり気になる(◎-◎;)



『めつむれば生死曼陀羅春の海』

東日本大震災から6年。新聞やテレビではここぞとばかりに特集を組んできますが、一度にうわぁ~!!と紙面や画面にあふれるので、かえって目をそらしたくなってしまいます。

春の海の句は玉崎千鶴子さんという方の遺俳集にありました。


『釈迦牟尼の掌の上にいて春の夢』(辞世句/玉崎千鶴子/1920.11.22―1997.3.9)


震災前に亡くなられていますが、東日本大震災関連の話を見聞きするときには、いつも思い出します。




東北在住で『とりぱん』という4コマ漫画を描いている、とりのなん子さんが、今週発売の掲載誌欄外に書かれていたコメントで、今日の記事は締めくくりたいと思いますm(__)m


また3・11がやってまいります。もう6年、まだ6年とも思います。あれからさらにあちこちで災害が起きました。そして昨今、極論を大声で押し通す人々が増えているようです。何か形の見えない危機感が、そのような風潮を生むのでしょう。しかしその不安は、なくなることはないのです。人種差別だのエセ科学だの、不安に具体的な形を与えてはいけません。明日また地が割れて海があふれるとしても、今日の日常をきちんと整えましょう。それが私たちの戻る場所になるからです。彼方の楽園ではなく、今のここに。




おはようございます。昨日から『女の名前』というエッセイ集を読んでいます。紫の着物姿の女性に桔梗の表紙が美しくて買っておいた本です(笑)

作者は小野寺苓(おのでら・れい)さん。もともとは1996年に1000部を自費出版したものだそう。それが数年前に直木賞作家の桜木紫乃さんの手に渡り、桜木さんが、トークイベントなどで紹介していたことが縁で文庫化されることに(桜木さんが解説です)。内容は両親にまつわる思い出や、自らの先祖のこと、日々の出来事、詩や小説を書いていたので作家、芸術家、文化人(でいいのかな)との交流も多彩。自費出版っていいと自己主張が激しいイメージがありましたが、そんなことはなくて……むやみに女性はエライ!と綴られているわけでないし、東北の自然や都会の様子など戦中・戦後のかわっていく様など、しなやかでたくましさもある文筆力に感嘆しながらサクサクと読みすすめています。


編集者からこの本を紹介されたという桜木さんは「言葉の切り口と使い場所を間違えていない。こういう人たちが自分の本を手にとっているかもしれないとと思うと、書くことをおろそかにできないという気持ちになる」と言っていたそうです。
 


最初が『死んだ日に赤い熨斗袋』という話で、私は故人に恨みがある誰かが嫌がらせて弔問にやってきたのかしら、と思っていたのですが……全く違いました。亡くなったのは産婆さんだった作者の継母。まだまだ病院でお産など少数派な時代(貧富の差も地域差もあったと思う)、20数年前に息子を取り上げてもらったが貧しさから礼金が払えなかったという父親。しかし「母は厭(いや)な顔ひとつせずに無償で産湯を使いに通ったという。」


父親は息子の結婚が決まり、そうだ、あの時は余裕がなくてお金も何も払わないままだった!やっと一人前になったお礼と息子の姿を見せたくて……と父子がやってきた日がちょうどその日だったのです。感謝の気持ちを伝えに来てくれた日がお別れの日になってしまった……親子は驚いていましたが、熨斗袋を押し合いの末、作者の父に受け取ってもらい、継母に手をあわせて帰られたそうです。もう~自分の発想の卑しさが……うう、本当に恥ずかしいです……!



……私たちは母の無言の姿から生前の善行を知り、母への尊敬の念を強くしたのである。母の死んだ日の第一番の訪問客が、赤い熨斗袋を置いていったことは不自然なことではなかった。少なくとも、私たちはそう思った。
母は継子五人と父との間に生まれた自分の子二人を平等に育て終えた。産婆の仕事をした母にしてみれば、この世に生まれた生は等しく平等なのである。
喧騒(けんそう)な今の世は、ボランティアをたたえ、なかには自ら善行を誇示したい者もいる。善(よ)いおこないは静かにするがいい。美しい行為は、けっして光をあてられ褒めそやされることを期待してはいまい。
母の死の朝の出来事は、どんなに多くの言葉よりも確実な教えを伝えてくれたのである。……



私の両親と同世代の小野さん。私は両親の若い頃の話とか全くといいほどきいたことがなくて(あんまり話したくなさそうな感じもあったので)……たとえば戦時中とか特別な出来事でなくても、両親の祖父母のこととか、子ども時代のこととか、いろいろきいておけばよかったなぁ。



『善(よ)いおこないは静かにするがいい。』……「左手に告げるなかれ」に通じるものがあるわ~と思ったワタクシです。



どうぞ皆さま、よい1日を(´ー`)ノ



マンガ大賞2011は『ハチミツとクローバー』の作者である羽海野チカさんが連載中の『3月のライオン』だそうですね。おめでとうございます!!


あんなに有名で人気作品なのに『ハチクロ』読んでいません(笑)『3月のライオン』も店舗の警備員さんにすすめられて、掲載誌までもらったのに…スミマセン!!なんかあの画は私には少女マンガすぎる…のか、うーん、陸奥A子さんみたいで…苦手なのかな~(--;)ダンナは陸奥さん、好きでしたけどね。話がうんぬんではなくこちらの%が多い気がします。


東日本大震災の被災者への応援イラストは「被災者の皆様へ」と題して、男性が両手で花を差し出す姿を描いていますが、ファンの方たちは嬉しいでしょう♪


将棋や囲碁の漫画ってたくさんありますが、麻雀マンガと同じでわからない…やったことないから。アカギな気分になってみたいのに~残念!きっとアタマを働かせないと出来ないんだろうな~。



ライオンつながりで、さだまさしが医師・柴田紘一郎さんに感銘を受けて昭和62年に作詞作曲したという『風に立つライオン』が浮かんできました。


続きを読む

↑このページのトップヘ