2019年04月25日

春愁雲便りNo.24:ほとほと

なんだか梅雨時のようなムシムシしたお天気になっていますね。アツいからと薄着でいると夜には肌寒くなりそうで、何を着たらいいのだ?と悩んでしまいます。


高樹のぶ子さんの新刊は【二度と会えない大切な人と、ほんの一瞬でも再び触れ合えたら......。「季語」を縦糸に、忘れられない人との邂逅を横糸に、幻想的に紡がれた24のストーリー。】で、タイトルになった季語は下記の通り。

ほとほと/猫の恋/春の闇/エイプリルフール/翡翠/鳴神月/出目金/笹まつり/秋出水/月の舟/銀杏/牡蠣殻/寒椿/夜の梅/小町忌/帰雁/竹落葉/紫陽花/滝壺/星月夜/虫時雨/栗の実/身に入む/寒苦鳥


ほとほと 歳時記ものがたり >> https://bookmeter.com/books/13440011


「ほとほと」って季語なの(´・ω`・)? と思って調べた
新年の季語でした。

中国地方を中心にその年の幸福を予祝して小正月に行われた行事。簑や笠、風呂敷などで顔や体を隠して神の化身に扮した若者が家々をまわり、鏡餅などの縁起物を置き、かわりに餅や祝儀をもらった。家々の戸をたたくときの音、又は家々をまわるときに唱える「ほとほと」という声が名前の由来といわれている。

知りませんでした!(試し読みで「ほとほと」だけ読めました。)


「身に入む」は秋の冷気やものさびしさが、身に深くしみるように感じること。和歌では「身にしむ風」「身にしむ秋」などと秋の冷やかさとともにつのるものさびしさをあらわす言葉だった。


「夜の梅」………なにやら意味深と思うのはおやぢだからでしょうか?(笑)



「夜の梅小さな嘘を聞き流す」 成澤たけし


「夜の梅鋏のごとくひらく足 」 柴田千晶




梅擬(ウメモドキ)は秋の季語になるのですが、この俳句が好きです。


「愛していると言わず死ぬなよと言う梅擬」


恋人同士ではなくて、片想いの相手に精一杯気持ちを伝えているのかなと思う一句です。この句が収められた董振華(とう・しんか)句集はこちらです。

http://furansudo.com/archives/12352





rohengram799 at 12:52コメント(10) 

2017年02月13日

初花雲便りNo.10:春色の汽車に乗って

海に連れて行ってよ~は聖子ちゃんの歌ですが、なんとなくおだやかな陽気に誘われて、ちょっと電車に乗って来ました(笑)


最初、京成高砂駅近くにある観蔵寺(かんぞうじ)という、柴又七福神のひとつのお寺を目指していったのですが、恐ろしく方向オンチなワタクシ、途中で2回も道を訊きましたわ。結果として反対方向をグルっとまわっていたことがないのでわかりました。地図を何回も見たのに・・・下町の狭い道をうろちょろしましたわ。梅の花が咲いているお家の前でちょっと立ち止まったり・・・不審人物ですね💦


七福神の長寿神『寿老人』を祀る、真言宗のお寺ですが、階段をあがると防犯ブザーが鳴ります!と注意書きがあったので(階段は三段くらい)お賽銭箱の前でおとなしく拝まさせていただきました。小さくて古いお寺さんでした。時代劇に出てくる「雨宿りするお堂」を想像してたいただくとわかりやすいかも? 近くだったら「元気で長生き!」をお願いに通いつめたかめしれません。


その後、浅草へ。平日だし、時間も早いから神谷バーでお昼にしようかな😋⤴と思っていたら、今日明日と連休でした・・・タイミングが合わない! やはり行き当たりばったりはダメでした~残念😞


観光客はまだ少なめでしたが、レンタル着物姿の中国・韓国の方々が目だちましたわ。相変わらず声が大きい!あと、保育園の子どもたちが大きな乳母車みたいなのに乗ってお散歩していました。小さい頃から浅草散歩ですよ、うらやましい(笑)


去年、浅草にダンナさんと来た時には春休みでスゴい人だったので、いささか拍子抜けするくらいの人混み。これだったら、またフラフラ出掛けてしまうかも・・・駅の階段はキツいのですが。あまりゆっくりする余裕もないのに、思いたって電車に乗ったのですが、通勤ラッシュは過ぎていたので、余裕で座れたし、読みかけの本も読み終わったし・・・半日でぶらり旅は終わってしまいましたが、面白かったです🎶




rohengram799 at 15:19コメント(8) 

2016年02月21日

凍雲便りNo.9:割愛

『梅の花 一輪咲いても 梅は梅』


土方さんのこの句と違い、今は満開の梅の木をいくつか見る時期になりました。ダンナが「たしかに写真の土方さんはいい男だけどさぁ、オレから見たら龍馬も土方さんもかわらないんだけど」と言うではありませんか……「バカ言ってんじゃありません!全然違う!例えていうなら“モナ・リザ”とピカソの“泣く女”くらい違うわ!」とお怒りモードのワタクシ(龍馬ファンの皆さま、大変申し訳ございません!!)(`Δ´)


「“モナ・リザ”はわかるけど、ピカソの“泣く女”ってなに?“ゲルニカ”とは違うの?」……私は先に“泣く女”の絵画をなにかの雑誌で見て知っていたので「あれ、もしかしたら世間では“ゲルニカ”の方が有名なの?」と……どうなんでしょ('_'?) ちなみに「ピカソって普通の絵も描いていたの?」ときいてきたので「青の時代」とかの絵画は見たことがないのかも。




話はかわりますが、新聞の求人特集紙面に「割愛と省略」の違いについてのミニコラムがありました。「割愛」ってこう書くのか……から始まった無知なワタクシ、「合」の字だと「割合(わりあい)」だから「相」だと思っていました(;^_^A


「時間の関係で、この部分の説明は割愛させていただきます」はよく聞くフレーズ。「本当に伝えたいところは別のところで、このあたりは重要でないので省略します。資料を見ておいてください」というニュアンスで使われることの多い「割愛」という言葉ですが、大切ではないので省略する・切り捨てる……ではなかったのです。


「割愛する」は惜しいもの・大切なものを思い切って省くという意味。愛着を断ち切るという仏教語に由来する言葉。平成23年度の文化庁による国語に関する世論調査では、「割愛する」という言葉を6割以上の人が不必要なものを切り捨てるという意味で使っていましたそうです。「省略」は簡単にするために、ある物事・文章などの一部を省くこと……そこに愛は見えませんなぁ。



「寿限無(じゅげむ)寿限無、五劫(ごこう)のすりきれ、海砂利水魚(かいじゃりすいぎょ)の水行末(すいぎょうまつ)、雲来末(うんらいまつ)、風来末(ふうらいまつ)、食う寝るところに住むところ、やぶらこ うじのぶらこうじ、パイポパイポ、パイポのシューリンガン、シューリンガンのグーリンダイ、グーリンダイのポンポコピーのポンポコナの長久命(ちょうきゅうめい)の長助」という、落語でお馴染みのこの長~い名前!


限り無い長寿とそれに付随するたくさんの願いを込めすぎたこの名前は親が「寿限無や~」と呼びかける時には割愛で、他人が呼ぶ時には「以下、省略!」なのかな~なんて考えたワタクシです。



お後がよろしいようで……!?(^^;)(;^^)



rohengram799 at 22:00コメント(6) 

2014年02月24日

紅雲便りNo.22:日曜はダメ…だったぁ(*_*)

♪あったらしい朝がきた~希望の朝だ~


希望の浅田!!と言いたい(笑)ソチオリンピックも閉幕してしまいましたね。一回もリアルタイムで競技を見ることがありませんでしたが(;^_^A 「オリンピックは平和の祭典」という言葉が遥か彼方に言ってしまったような……(-_-#) コンビニでコミック版『NHKその時歴史が動いた 東京オリンピックへの道』(1964年の五輪)をダンナが買ってきたのですが、これを読むと、申し訳ない気持ちになってきてしまいます。


昨日は23日ということで『二人三脚』についてカチカチしていました( ̄▽ ̄;)『二人二脚』なんていうトンでもないのもあるみたいですが……ただでさえ複雑な関係がより複雑に…を暗示しているような競技でこわい(@ ̄□ ̄@;)!!


『深む秋 二人三脚の 紐ほどけ』(杉森百代)


こういう句を見つけますと、う~ん( ̄~ ̄;)ってなりますね。『秋の気配』を感じ、深まる頃には♪さよなら さよなら さよなら……(´;ω;`) 二人三脚という言葉に、若いカップルではなく長年連れ添ったふたりの姿が浮かびます。熟年離婚なのか、パートナーの解消なのか……。


昨晩は帰宅途中、思いの外、風が冷たくてグッタリ……5日連続勤務がツラい(今日も仕事ですが)根性ナシなおやぢゆえ、更新を休ませていただきましたm(__)m 梅には「思いのまま」という紅白両方の花をつける種類があるそうですが、ワタクシも思いのまま、オモロ~に暮らすためにもうちょっと体力・気力を充実させたいところであります。皆さまもお身体に気をつけてお過ごし下さいませ。





rohengram799 at 11:15コメント(10) 

2014年02月16日

紅雲便りNo.15:どうしようΣ(T▽T;)…読書しよう!!

う~ん(-""-;)……本当に困っています……今月はシフト変更をしてもらい連休にしたのに、田舎に帰ることが出来ません。電車も道路も大雪の影響で全く山梨にたどり着けないし、向こうからも出られない(兄は金曜日からおこもり状態)!! 「やっぱり帰れないから、出勤します」なんて言うのも……とりあえずはシフトのまま、明日は休ませてもらうことにしました。少し気持ちをのんびり、整理しようかな…。


今、乾ルカさんの『夏光』という、少し(?)ホラーテイストな短編集を読んでいます。私、なぜかタイトルを「ガッコウ」と思っていました。文字は「夏」と認識しているのに、気持ちは「月光」……だから「なつひかり」というふりがなに「えっ(°Д°)」いやぁ、へんな思い込みはコワイですね…気をつけよう!


この表題作品には顔の左半分にスナメリの祟りと噂される黒いアザをもった少年が出てきます。時代は戦争末期で、ひどいイジメにあっていますが、彼はこう言うのです。


「わしがなんぼ醜くても、わしの見るもんまで醜いたぁ限らんじゃろう」


ガツンときました。同じ立場だったら、そんなふうに言えるかなぁ、と考えてしまいました。



《ここからは帰宅後》
まだまだ春には遠いなぁ…なんて思うのですが、春の季語が2つも入ったこの句が最近のお気に入りです。


『片隅で椿が梅を感じてゐる』(林原耒井)


本名は林原耕三(はやしばら・こうぞう:1887年12月6日 - 1975年4月23日)は、日本の英文学者、俳人。「耒井」は‘らいせい’と読むそうです。ムズカシイ(-_-;)


椿は香る花というイメージはないのですが、どうなんでしょ? 椿と梅はそれぞれ離れた場所に植えられていて、風にのって梅の花の匂いが届いたのかなぁ……なんとなく、椿くんの片想いのイメージだけれど、好きな人の香りを身につけた椿ちゃんの心だったりして……教室の窓から部活中の彼を見るとか、コッソリ職員室の先生を見つめているとか……青春! 椿鬼奴さんがのぞいていたらちょっとコワイかも(@ ̄□ ̄@;)!!


では、皆さま、おやすみなさいまし(-_-)zzz






rohengram799 at 23:54コメント(8) 
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