詩人

2020年01月29日

献春雲便りNo.28:前世の人

オスカーさんの前世はアルフレッド・テニスンです!
何をした人なんでしょうね?
#あなたの前世の人 #shindanmaker
https://shindanmaker.com/962285


診断メーカーで前世を調べてみた(笑) 誰だ、この人は(-ω- ?) と思って検索! 今はスマホですぐ調べられて便利!


『一度も愛したことがないよりは、愛して失った方が、どれほどましなことか』


どこかで聞いたことがある、恋愛名言のひとつはこの人だったのか〜イギリスの詩人だそうです。『シャロットの妖姫』という詩が日本では有名(初耳!)とあったので、こちらも調べて読んでみました。

https://www.aozora.gr.jp/cards/000140/files/740_20917.html


「妖姫」って「悪女」じゃないのね……それより意味が全くわかりません (; ̄ー ̄A

こちらの記事でなんとなく理解したつもり。アーサー王伝説とかも知らない……(-_-;)

https://search.yahoo.co.jp/amp/s/gamp.ameblo.jp/ume--5/entry-12227127532.html%3Fusqp%3Dmq331AQNKAGYAYKvuc-tuZ7Aaw%253D%253D


読書メーターの皆さんの感想も助けになりました。

シャロットの妖姫 >> https://bookmeter.com/books/6019485




エセ詩人にもなれないワタクシですが、『いぬのサビシー』という絵本の表紙を見て思いついたことを書いてみました。



犬は飼えないのよ

猫も飼えないの

鳥はキライよ

蛇はキモチワルイでしょ!


じゃあ なんなら飼っていいの?


その自分の気持ちを飼い慣らすといいわ

名前は………そうね

「サビシー」ってつけなさい

毎日 可愛がってあげるのね




「サビシー」という名前のペットが本当にどこかにいたら、それはツラいなぁ (´;ω;`)

http://mitsumura-kyouiku.co.jp/ehon/228.html



rohengram799 at 15:00|PermalinkComments(2)

2016年05月25日

香雲便りNo.28:さよならは誰に言う(´-ω-`)

『さようなら』 千葉綾音さん(小6)

友達にさようなら
学校でさようなら
でも
学校でのさようならは二つあって
一つは毎日言って、もう一つは感謝の気持ちをこめて
ほがらかに言うものなんだよ



読売新聞の「こどもの詩」コーナーに載っていたこの詩を読んで、谷川俊太郎さんの『ありがとうの深度』を思い出しました。


心ここにあらずで
ただ口だけ動かすありがとう
だだ筆だけ滑るありがとう
心得顔のありがとう
心の底からこんこんと
泉のように湧き出して
言葉にするのももどかしく
静かに溢れるありがとう
気持ちの深度はさまざまだが
ありがとうの一言に
ひとりひとりの心すら超えて
世界の微笑みがひそんでいる



「さようなら」や「ごめんなさい」の深度もさまざまなんだろうなぁ、と言葉を入れ替えて考えてみたりして(^。^;) 私が印象に残っている「さようなら」は、応援していた宝塚の娘役さんが退団する時にくれた挨拶状にあったこの文章です。

『さようなら、という言葉には、今までありがとうございましたというお礼の意味と、これからもお互いがんばりましょうという意味があると思います。』


そして第450号:サヨナラのおまじないに書いた歌詞ですね。今でもこの歌は大好きです。



テレビで「さようなら」は永遠のお別れみたいだから、今は使わなくなっていて死語に近いと言っていました。友だちだったら「バイバイ」「またね」とかで仕事関係だと「お疲れさまです」を使って「さようなら」は、ほとんど言わないそうです。前にも書いたと思いますが「さようなら」は「左様ならば(さやうならば)、これでお別れしませう」が略されたもの。「左様ならば」は「そういうことならば」「それでは」との意味。「さようなら」の後に「またね」をつけたら、さみしさやかなしさが薄まる気がするんだけれど……それは私だけ? 



……なんてことをダラダラ考えていたら今日の読売新聞・編集手帳に『さようならの事典』から引用した一文がありました。『さようならの事典』(編集 窪田般彌・中村邦生)は別れをテーマに英米仏の映画や小説、偉人などの言葉をまとめた事典。「原文と訳に加え編集者の解説が載った味わい深い一冊」らしい。この事典については2008年1月1日付の編集手帳にすでに登場していました。

……(前略)正月はマラソンランナーの給水ポイントに似ている。処世の山坂で雨に降られ、ときに転倒しながら、へとへとになってたどり着く。水分を補給して生き返り、また走らねばならない(略)作家アルフォンス・アレーは書いている。「大時計のチクタクという音は、まるで時をかじるネズミのようだ」と(「さようならの事典」より)。今年もネズミたちは容赦なく時をかじり、走れ、走れと、鬼コーチのように尻をたたくだろう(後略)……


この年はネズミ年だったのですね(笑) ちなみに今日のは夫人が存命中に墓石に彫る言葉を考えた17世紀英国の詩人ジョン・ドライデンの言葉でした。

《ここに葬られしはわが妻。安らかに妻を眠らせたまえ! 今ようやく妻は心安らぐ、私もまたしかり》


彼はこれを実行出来たのか、反対に妻が“わが夫”と書き換えて刻んだのか……気になるところではありますが(笑)「さよならは誰に言う?」「さよならは悲しみに」……で千葉県知事のこの歌で今日はおさらば!(クダラナイ話につきあわせてごめんなさい!いつもありがとうございます!)……(´・ω・`)/~~



♪さみしさも悲しさも
いくたびか出逢うだろう
だけどそんな時でも
さらば涙と言おう






rohengram799 at 10:40|PermalinkComments(12)

2011年01月23日

ひつじ雲便り356:石垣りんさんの『子守唄』

関心のあるものだから目に入るのか、無意識に探しているのかわかりませんが…石垣りんさんの『子守唄』を一緒に聴いて下さいまし。



いちにち
ひと晩
いちまいの闇をかぶって人は寝た。


ふつか
ふた晩
二枚の夜を重ねて人は夢みた。


十日
百晩
千枚の布団をかける眠りの深さ。


衿カバーをはずすと土がこぼれる
その朝まで。


おやすみ にぎやかに
にぎやかに おやすみ。




私は、はじめてこの詩を読んだ時に「鞍馬は暗間と書いた」という言葉と「一期は夢よ、ただ狂へ」を思い出しました。


まぁ、それだけの話ですけど……ハイ(+_+)




rohengram799 at 02:46|PermalinkComments(11)